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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ国防相が解任された本当の理由;反転攻勢に転換を迫った西側諸国

ウクライナの国防相が解任された。汚職がらみの混乱と報じるメディアもあるが、反転攻勢の真っ最中とあって、動揺が広がっている。この事態の内実を知るには、数日前のコロモイスキーの拘留についても思い出すべきだろう。ウクライナを支援する西側諸国は、この胡散臭い人物を嫌っていた。西側諸国にF16の供与を受け、そのパイロットの訓練が進行中の綱紀粛正は、西側が要求する反転攻勢の路線変更と関係しているようだ。


やはり異常といえば異常な人事である。いまロシアに対する反転攻勢がまっさかりだというのに、その中心人物であるオレクシー・レズニコフ国防相をやめさせて、民営化を推進する部局を取り仕切っていた、ルステム・ウメロフを就任させるというのだ。しかし、この2人の演じてきた役割を詳しく見ていけば、なるほどと納得することも多いのである。

まず、国防相レズニコフだが、彼の部下たちが国軍に納品させている農産物などで汚職が摘発されて解任されたという前段があった。彼自身がこうした汚職と関係しているかは、本人は否定しているが、いまの時点では明らかでない。しかし、そもそも何故国防相が農産物納入での汚職を疑われるのかについても、ウクライナ国軍の構造を知らないと、こんどの事件も分かりにくいので説明しておこう。


ウクライナ国軍は2つの部分に分かれていて、今回のロシアとの戦いの戦略を仕切っているのは国防省からは独立した司令官たちからなる参謀本部であり、彼らが戦争の戦略をたてて戦場の兵士を実際に動かしている。それでは国防相は何をしているかといえば、もっぱら武器弾薬・食料の調達を行い、部隊の配置を推進しているのである。(フィナンシャル・タイムズ9月3日付などより)

この国防省を仕切ってきたのがレズニコフで、彼は若いころはソ連軍のパラシュート部隊に属していたが、法律を学んで有名な弁護士となり、ウクライナが独立してのちには政治家に転じた。そして、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切る数か月前に、ゼレンスキー大統領に国防相に指名されたわけである。


ゼレンスキーは今回のレズニコフ解任について「国防省には新しいアプローチが必要だ」といっているが、かならずしもレズニコフに対して懲罰的な意味ではないのは、レズニコフの新しい役職が在英国大使だと噂されていることからも推測できる。つまり、別の要素が働いて、これから国防省がしなければならない仕事に合わせ、適任者をもってこようとの意図と考えられるのである。

さて、その適任とされたのがウメロフだが、すでに述べたように国営の機関を民営化するための仕事を続けてきた人物で、もともとはクリミアのタタール系の出自らしい。学歴はちょっとわからないが、流暢な英語を話してビジネスマンとして成功して、2020年からウクライナの民営化を加速する機関の責任者となった。さらには「英米およびEUを含む西側諸国からの軍事関係者とのコミュニケーションを継続するのに決定的な役割を果たしてきた」(前出フィナンシャル紙)というのだから、実は、西側諸国からの軍事援助を実務的に調整してきた人物なのである。


ここで思い出すべきなのが、アメリカを中心とする西欧諸国は、いま進行中の反転攻勢において、ウクライナが大きな成果を上げられないことに不満をもっていたという事実だ。しかし、ウクライナ軍の司令官たちは、3つの方法によって着実な反転攻勢を行うことに固執してきたといわれる。第1が、慎重な地雷原の通過、第2が、長距離からのロシア武器庫への攻撃、第3に、ドローンを使ったロシア国内への攻撃(フィナンシャル紙9月3日付「キーウ政府は『ゆっくりピークを目指す』戦術の変更要求を無視している」)

ウクライナに派遣された英米の軍事アドバイザーたちが主張しているのは、イラク戦争のときのように、短期間で敵の拠点を破壊して進軍することだといわれる。しかし、これには圧倒的な空軍力が必要であり、いまのウクライナには不可能だというのがウクライナ軍参謀たちの言い分だった。もし、それを要求するのであれば、西側はF16とパイロットの教育をもっと十分に供与すべきだというわけである。


数日前にもゼレンスキー大統領が前線の兵士たちをたたえ、また、クレバ外相がウクライナ軍の兵士を批判する者は「黙れ!」と演説していたが、そのいっぽうでアメリカをはじめとする西側諸国はF16の供与とパイロット養成にようやく力を入れ始めている。そこで武器と兵士の配備を受け持っているウクライナ国防省は、いよいよF16の受け入れとパイロットの育成、さらにはその配備を円滑に進めなくてはならなくなったわけである。

制空権を奪取できない段階での「ゆっくりピークを目指す」戦術はいよいよ終わりを告げ、これからはイラク戦争のように、ジェット戦闘機によって制空権を確保したうえで、急速にロシアの幾重もの防衛線を突破していく戦争をやろうとしている。それがいまのウクライナの置かれた立場であり、そのために英語に堪能で西側とのコミュニケーションが得意なビジネスマンのウメロフが、今週にも議会の承認を受けて国防相に就任することになる。


しかし、この転換はほんとうにうまくいくのだろうか。イラク戦争のときにはアメリカ軍が空母を派遣して、長年の経済制裁でボロボロになっていたサダム・フセイン政権を、王宮から駆逐すればよかった。つまり、世界最大の軍事大国が中東の疲弊した小国を叩いた。それに対してウクライナが科されるのは、他国の支援でもっている東欧の小国がかなりでかい軍事大国を、すべての前線で駆逐することなのだ。西側の軍事アドバイサーたちは正気なのだろうか。果たしてウクライナの参謀たちは根本的に間違っていたといえるのだろうか。

 

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