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東谷暁による「事件」に対する解釈論

なぜ民主党にはバイデンしかいないのか?;トランプがいるからバイデンが生き延びている

なぜこんなことになったのか? 来年の米大統領選挙に出馬する2人は、これまでなら名前すら上がらなかっただろう。民主党のバイデンはもう80歳であり、共和党のトランプは91の容疑で4つの裁判に起訴されている。トランプだって77歳だから、これまでなら立候補を控える年齢である。


経済誌ジ・エコノミスト8月31日号は「ジョー・バイデンの再出馬はトラブル含み」を掲載し、米経済紙ウォールストリートジャーナル9月2日付は「トランプは共和党支持者のほぼ60%で支持率トップ」との記事を掲載している。いずれも、「なぜこの人が候補者のトップなのか」という問題に答えようとしているが、はっきりしているのは、いずれの場合も今の数値は異常だということだけだ。

本文はジ・エコノミスト誌で、グラフはウォールストリート紙で見ていくことにしよう。まず、バイデン大統領の周辺だが、AP通信社の世論調査によればバイデンの再出馬を望んでいるのは約4分の1(24%)の人にすぎない。民主党支持者ですら55%の人がバイデンは選挙に出るべきではないと考えている。もちろん、世論調査の数値は激しく変動するが、すでにバイデンは現代の大統領のなかで、もっとも人気のない大統領となっているのだ。

wsj.comより:共和党におけるトランプの支持率はいまや群を抜く。4月から11%の急伸ぶりだ。それに比べてデサントスの後退が目立つ。トランプと似たような主張が結局はここにきて障害となっている


政治専門分析会社ファイブサーテイエイトのデータによれば、この8月での数値で、バイデンはちゃんと仕事をしていると答えたのは42%であり、53%の人がそうではないと返答している。前出のAPによる調査では、バイデンの経済政策について納得しているのは、わずか36%にすぎない。シエナ・カレッジの調査によれば、ニューヨーク住民の支持率はバイデン47%、トランプ34%だが、2人が激突した2020年はバイデンが25ポイントも上回っていたことを考えれば、トランプが急上昇したとも見ることができる。

このバイデンの経済政策「バイデノミックス」だが、いまの数値を見れば決して悪くない。失業率は3.5%とかなり低く、この50年で最低を記録している。また、殺人事件もアメリカの都市部では減っている。国境問題もトラブルを抑えていて、彼の政策はうまくいっているように見える。なぜ彼の評判だけが悪いのだろうか。考えられるのは今回のインフレが始まったとき「一過性だ」と発言してしまい、バイデンがリベラルだとは思えなくなり、労働者が多い州ではかなり点数を失ったことがあげられるという。

wsj.com:いま選挙があったら誰にとの設問でもトランプがすでに優勢。ウォール紙はトランプへの起訴は陣営を活性化していると報じた。トランプ支持者には、前回の大統領選挙は違反だったと信じている人が多い


また、息子のハンター・バイデンが犯した所得税不払い2件と銃の不法所持1件について、罪を認めて司法取引に応じ収監を免れるという、かなりきわどい事態だったのに、バイデン大統領が「息子を誇りに思う」などというコメントを発したのもまずかった。そして何よりも彼の80歳(選挙戦時には81歳)という高齢に対して、大統領に押し上げるにはリスクが高すぎると思っている民主党支持者が多いことだ。前出APの8月末の世論調査ではアメリカ人の77%が、大統領として国民に対して責任を果たすには高齢すぎると見ている。これは決定的で解消不可能なバイデンのマイナス要因である。

こうした多くの失態や問題を抱えているにも関わらず、バイデンは他の民主党大統領候補があまりにも魅力に欠く、あるいはあまりにも問題ありなので、「バイデンしかいない」との雰囲気を醸成するのに成功している。バイデンの好むセリフに「全能の神と比較するのをやめよ」というのがある。「私と他の候補とを比較せよ」と続くのだが、どう考えても自分の失敗を自覚していないセリフとしかいいようがない。ただひとつ、バイデンにある取柄は、激戦の末にトランプに勝利したという歴史的事実のみである。

wsj.com:共和党内ではニッキー・ヘイリーが伸びているがトランプには勝てないだろう。トランプ政権の副大統領だったマイク・ペンスは勢いがない。やはり大統領と副大統領のタイプが違うのかもしれない


いっぽう、トランプを見れば共和党の大統領候補としては抜群の支持率59%を確保し、つぎつぎと起訴されても支持者たちは燃え上がりこそすれ、彼を糾弾しようとする共和党員はいなくなってしまった。実は、バイデンが大統領候補として生き残っているのは、こうしたトランプの異常な隆盛の裏返しであって、トランプが暴れてくれているので、彼を破ったバイデンが民主党候補にとどまれているのである。

トランプとの戦いでは、当然勝つと思われたヒラリーは勝つことができず、すでに高齢だった老バイデンだけが失地を回復したのだ。副大統領のハリスを次期大統領候補にするような素振りを見せて、2020年の大統領選を勝利に導いたものの、その後、彼女を候補に押し上げようとする配慮などまるでなかった。バイデンは怪物トランプを倒したコミック的な英雄になったので、その必要がなくなったからである。

もちろん、民主党そのものにも大きな欠陥があった。実は、弱いものの味方=民主党というイメージは、すでに現実が大きく裏切っていたのに、いまやそのイメージすらも失われてしまった。むしろ、共和党のトランプのほうが何かをしてくれそうだという、空しい期待を持たせるオーラを醸し出している。そして、不自然な起訴の連続はそのカリスマを増大させているのだ。たしかに、バイデンは前回トランプに勝利した。しかし、トランプが来年の選挙まで体力と頭脳が持てば、より高齢である点のみがトランプを上回っているバイデンは、今度こそみじめな敗北を喫することになるだろう。