HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナの反転攻勢は失敗したのか?;オーストリアの戦略専門家が分析する

満を持して反転攻勢をかけたウクライナ軍だったが、大きな成果が上がったようには見えない。それは予期されたことだったのだろうか? オーストリア軍のマルクス・ライスナー大佐は、独紙フランクフルター・アルゲマイネのインタビューに答えて、反転攻勢の緒戦についての判断と、これからの両軍の動向について率直に語っている。


独紙フランクフルター・アルゲマイネ6月10日付は「緒戦においての大きな損失は驚くべきことではない」とのオーストラリア軍のライスナー大佐の分析を掲載している。どうやら戦略部門の将校らしく、かなり歯切れのよい分析をしているので、ウクライナの反転攻勢をめぐる報道に不満の人は、納得することも多いと思われる。

まず、ウクライナの反転攻勢は本当にあったのかについて、これまでもウクライナ軍は小さな動きを見せてきたが、それは反転攻勢のための準備といってよいもので、(6月10日の)5日前から、ウクライナは明らかに「準備段階から決断の段階へと移行した」といえるという。それは、バフムト、マリウポリ、そしてザポリージャ州トクマクの3つの軸にそって動いているという。


「公開されたビデオで見ると、西側が供与したものを含む、多くのウクライナ軍の兵器が破壊されている。ロシア軍は数か月かけて入念に準備してきたため、ウクライナ軍が防衛線を突破するのは難しくなり、かなりの損害を被ったことがわかる」

しかし、こうしたビデオやレポートはロシア発のものであって、ウクライナ側はいまのところ慎重に対応している。その点、このビデオは本物かとの問いには、ライスナー大佐はあっさりと「イエス」と答えている。ロシア側が投稿したドローンで撮影した映像からはいくつかの結論が引き出せるというのである。

アメリカの機密文書リーク事件のお陰で、われわれはどの兵器がどの部隊に配備されたかを、比較的正確に知ることができる。(ビデオに写っている)戦車や装甲車は歩兵の輸送に使われていたものだ。たとえば、第47部隊は独製戦車レオパルトが配備されているとみられ、これから戦闘にも使われると思われる」


同大佐はさらに次のような点も指摘する。「ウクライナ軍は約3つの大隊が敗退しており、これは補給が問題であることを意味している。つまり、戦車や輸送車が配備されているのだが、しばしば地雷防御輸送車が使われている。しかし、この車両は偵察用に作られているため、チェーンも大砲もついていない。そのため戦闘においてターゲットにされやすい」。

ロシア軍が反撃の準備を進めてきたことは分かるが、では、同じようにウクライナ軍も準備をしたうえで反転攻勢に踏み切ったはずだ。何がいまのウクライナ側の停滞を生み出しているのだろうか。ライスナー大佐は「いまのところ、ウクライナ軍はロシア軍の前哨基地を超えて先に進んでいない」という。その理由は、ウクライナ軍が、実は、ロシアの地雷原などの防御壁を超える装置を十分に持っていないからだ。


「地雷原、対戦車溝、そして竜の歯(とよばれるテトラポッド)などの防衛壁は、超えるのがかなり難しい。というのも、そうした障害物を超えるためには、そのための特殊な装置が必要だが、ウクライナ軍は、そうした除去装置をほとんど持っていないからなのだ。地雷原にかんしては特に難しい」

信じられないような話だが、ロシアの地雷原や対戦車溝、そして竜の歯はかなり前から欧米が衛星写真や航空写真で一般にも報道してきたはずである。それに対する装置の準備もなしに、ウクライナ軍は幾重にも地雷や溝やテトラポッドが張り巡らされた地帯に突入してしまったというのだろうか。地雷原については、もちろん、対策が行われていたというが、それもロシア側は素早く対応してきたらしい。

「われわれはビデオで見ることができたのだが、最初の軍用車両が地雷を踏んで爆破されるやいなや、後続の軍用車両は停止してしまう。そうすると、停止した軍用車両はたやすく砲兵隊の餌食となってしまう。それだけでなく、ロシア空軍の出番となって、空から攻撃するわけである」

反転攻勢のために進軍する戦車や装甲車が、次々と破壊される様子は、公開されたビデオで世界中の人たちが目撃したが、では、ウクライナ軍はこうしたロシア空軍の攻撃に対して何か対策はなかったのだろうか。「ウクライナ軍の最も大きな問題はウクライナ空軍が欠落していることで、ロシア側のロシア空軍は、常時、地上攻撃用の航空機やヘリコプターを使用することができる」。


いっぽう、ウクライナは対空ミサイルをアメリカに供与してもらって、対空防衛が可能になっているはずだが、いまのところ、その絶対量が足りない。「中心的な問題は対空ミサイルシステムがあまりにも少ないという単純な事実なのだ。ゼレンスキーはウクライナには50のパトリオットミサイル部隊が必要だといっているが、この数字はけっして誇大ではない。武器は質が良くないといけないが、量も決定的な役割を果たす」。

すでに世界中に流れた「ドイツの世界最強の戦車レオパルトが撃破された」というニュースは、意外に思った人も多かった。この真偽はどうなのか。「ロシアは何度も何度もフェイクニュースを流してきた。もう、それが常態になってしまっている。しかしながら、さまざまにビデオを検証した結果からいえば、レオパルトの破壊は実際に起こったことだといわざるをえない。あの映像は西側の兵器にまちがいない」。

フランクフルター紙の最後の質問は、「カホフカ水力発電所のダムが破壊されたことで、ウクライナ軍が得することはあるのか」というものだ。これは他のメディアが「ダムが崩壊したが、得をするのはロシアだ」と報じてロシアを非難しているので、あえて逆の効果がないのかを聞いているのだと思われる。ライスナー大佐の答えは「わたしは、まずはロシア側が得をすると考えている」というもので、遠回しにロシア破壊説を支持するものといえる。


「ただし、いま水浸しになっている地域において、しばらく両国の軍隊が直接接触できないという意味では、ウクライナにも中期的にはメリットがあるかもしれない。排水作業が進んでもあの地域はひどい泥沼になってしまい、完全に乾燥するまでは戦車や装甲車が行き交うことはできないだろう」

締めくくりとしてライスナー大佐は、「今回のウクライナ側の損害が、かなり大きいことには(予想していたので)驚かなかった」と述べたうえで、「ロシア系の戦争ブロガーたちは、今回の防衛成功に喜んでいるようだが、いまの状況などはいつでも変わってしまう」と警告している。ウクライナによる反転攻勢は始まったばかりで、ウクライナ戦争そのものも、終わる兆しは見えていない。