HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

衛星データから読むウクライナ決断の時期;激しい温度上昇は大規模反攻の前触れだ

ウクライナ軍の大規模反攻が何時何処で始まるのか。いまや世界中の注目が集まっている。それは宇宙から衛星で見ていれば、本当は分かっているのではないかと思うのは自然で、実際にサテライト・データによるAI分析が雑誌にも載っている。しかし、そこにはぎりぎりのところで、データでは判断がつかない大きな要素が残っている。


経済誌ジ・エコノミストは「グラフィック・ディテイル」と名付けた経済や政治の分析を掲載してきたが、同誌5月25日号は「衛星データは、ウクライナ軍がロシア軍の防衛方針を試してことを示している」を掲載して、ウクライナ軍が繰り返し陽動作戦を試み、同時にロシア軍の動きを観測していることを、データとグラフで表示してみせてくれている。

要するに、ロシア軍が占領しているウクライナ領土内での、武器の使用などによる「高温事件(温度の急上昇)」を丹念にデータにとり、その頻度をこれまでのウクライナ軍の動きと比較してみるわけだ。同誌によれば、この2週間の急上昇の件数は、戦争と関係するものが907件に達しているという。「それはそれ以前に比べて4倍の頻度を示している」。

「北部のハルキウから南部のヘルソンまで、前線にそってロシア軍への反撃データを収集してきた。前回は昨秋にかなりの(件数が増える)事態が見られたが、それは南部ではなばなしい奪還がおこなわれる前触れだったのだ」


そして、今回、5月25日にロシアが占領している地域で高熱事件ピークが見られた。「これが待ちに待った大規模反攻であるかいなかは、簡単にいうことはできない。ただ、それが成功するにせよ、無残に失敗するにせよ、そうした作戦は観測することだけは出来るということだ。我々のデータはウクライナの優勢とか領土の奪還そのものを示すわけではない」。

少し前の5月11日にも、高温事件の件数が急上昇したが、これは英国から供与されたミサイル「ストーム・シャドウ」を使い始めた日にあたっていた。温度急上昇の頻度平均は2022年8月2日以来の最高の値(1日に100件)を記録したという。

さて、そこでこうしたデータを用いながら、これからのウクライナ軍がどのように進軍するかの判断だが、それはロシア側の防衛についてどんな作戦を行うかに依存している部分もある。第一に、ヘルソンを流れるドニプル川を超えて南部で始まるというのが考えられる。この場合にはロシアのクリミア支配に脅威となるだろう。

 

第二に、北部に戻ってハルキウから東方に進軍することも考えられる。これは再びこの地域から反攻を続けるというわけである。そして第三の場合だが、これは第一と第二の中間、まだ戦っているとウクライナが述べており、ロシアは占領したと主張しているバフムトの周辺から始まるというものである。

観測チームはこの3つのケースを想定して1週間にわたり観察を続けてきたが、ザポリージャからの進軍もやはり注意の対象とすべきだという。「それはクリミアとメリトポリのロシア軍とをつなぐ『陸橋』を切断することになるからである」。なんだか全部がありえるような気がしてくるが、その決め手となるのは何だろうか。

同誌は「決定的なブレークスル―には、サプライズが必要だ」という。それは大挙しての攻撃を前にして、ロシア軍を翻弄するためには、フェイントが大事だということらしい。「どこから反攻の突撃が始まるにせよ、ウクライナ軍の司令官たちはロシア軍の司令官たちをくぎ付けにしようとするだろうし、始まってみると我々をなるほどと思わせることになるはずだ」というわけである。


やや漠然とした考察だが、3つないし4つの可能性を指摘しているのは、これまでの専門家たちの予測とそれほど変わらない。ということは、衛星データで得られるのは、場所よりも時期だといえるかもしれない。砲火あるいは戦闘に関連した高温が生じる場所が分かっても、なおかつ「サプライズ」が必要ということは、温度上昇のあるところが大規模反攻の開始地域とは限らないからである。

ふつうに考えれば、これから頻繁に温度が上がる場所については、むしろ、他の地域のための陽動作戦だと見なすほうが賢明だろう。もちろん、その場合にも逆手をとって、そのまま一斉攻撃に入るというサプライズ最優先のケースも考えられるわけだが、いくらサプライズが必要といっても、その地域が以降の戦いの条件として不利であれば、確率的には低いと見なすことができる。しかも、互いに駆け引きを繰り返せば、考慮すべき事項が多くなり、不確実性は高まっていく。


ここからは勝手な解釈になるが、以前よりウクライナはクリミアに攻め込むのは避けたいのではないかと指摘されてきた。攻めて占領しても、その後の防衛に苦しむことになりやすく、また、地形的には犠牲が多くなるといわれる。また、バフムトはたしかにサプライズはあっても、この要衝はインフラが破壊されており、ロシア軍にとってキーウ攻略には使えないが、ウクライナ軍にとっても、さらなる進軍の後背地には向かない。また、ハルキウは奪還という象徴的な意味はあっても、ロシア軍を撃破するには、最前線までの距離があり過ぎる。

ということは、その間の「陸橋」の切断ということになるが、この場合にはロシア軍がかなりの時間をかけて設置した、防御壁や塹壕が待ち構えており、西側から供与されたジェット戦闘機による制空権確保が進まなければ、かなりの消耗戦になる可能性がある。ウクライナとしてはサプライズをある程度犠牲にし、準備を経てからの最終的決断ということになる。