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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ危機の責任は西側にある;ジョン・ミアシャイマーの冷徹な分析

アメリカの国際政治学者ジョン・ミアシャイマーがジ・エコノミスト3月11日号にエッセイを寄稿した。このエッセイの結論から紹介しておこう。「プーチンは確かにロシア軍の実力を見誤り、ウクライナの抗戦を甘く見たかもしれない。しかし、追い詰められた冷酷な大国が何をやるか、けっして過少評価すべきでない」というものだ。つまり、このままではロシアとNATOとの戦争となり、アメリカを巻き込んだ核戦争の脅威にも直面するというのだ。

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ミアシャイマーウクライナ論については「ウクライナ、台湾、そして日本(5)ゼレンスキーに責任はないのか」で触れたが、国際政治学者のなかでも「リアリスト」に分類されており、世界政治をイデオロギーや心理よりもパワー構造に着目して論じる傾向が強い。たとえば紛争が生じたとき、その原因を政治的リーダーの資質や妄想に求めるより、紛争地の勢力構造のバランス崩壊を重視して分析する。彼は以前よりアメリカおよび西側の政策は、ロシアのウクライナ侵攻を促すことになると警告してきた。

しかし、ここでは、ミアシャイマーがこのエッセイ「ジョン・ミアシャイマーは語る:なぜ西側にウクライナ戦争の主たる責任があるのか」で取り上げた、いくつかの事実を紹介するだけで、かなりの程度まで納得できるだろう。「ウラジミール・プーチンがこの戦争を始めたのであり、そしてその遂行の方法にももちろん責任がある。しかし、プーチンがなぜそうしたのかは別の問題である」。

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今回のウクライナをめぐる問題は、2008年4月に開催されたブカレスト首脳会議にさかのぼることができるという。このときアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権は、ウクライナグルジア(現ジョージア)のNATO加盟を推進しようとした。これに対してロシアの指導者たちは激しい怒りをもって反応し、2国の加盟はロシアにとって生死にかかわる脅威であり、かならず挫折させると警告した。

その直後の8月には、ロシアによるグルジア侵攻が起こったこともあって、NATOウクライナを将来的な加盟国とはしたが、積極的な推進は行わなかった。しかし、2014年にウクライナに暴動(アメリカに支援されていた)が起こって、親露のヴィクトール・ヤヌコヴィッチ大統領が国外逃亡すると、ロシアは強い危機感を持って、クリミアを併合し東部のドンバス出兵を断行している。

2017年11月にはアメリカのトランプ政権がキエフに「防衛兵器」を売りつけたときにも緊張が高まった。この防衛兵器は「防衛」とは名ばかりで、明らかにモスクワとドンバス地方の親露勢力を意識したものだった。このウクライナ軍事支援については、他のNATO諸国も同じような武器供与だけでなく、その使用トレーニングのためのインストラクターも派遣している。

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そして迎えた2021年7月、ウクライナアメリカは他に32カ国の海軍を集めて、黒海において軍事演習を行った。それはほとんど威嚇行為に近いものだった。この「黒海ブリーズ作戦」のさいには、参加した英国の駆逐艦に向かってロシア軍が砲撃する事件まで起こっている。(意外に思う人もいるかもしれないが、)こうしたウクライナとの関係は、バイデン政権になってからも、むしろ絆は強化される傾向があった。

ウクライナアメリカが関係を進展させる状況を目撃して、昨年(2021年)の春から、ロシアはウクライナとの国境沿いに自国軍を展開し、ワシントンに対して撤退要求のサインを送ったことは、驚くにあたらないだろう。しかし、それは効果がなかった。バイデン政権はさらにウクライナとの関係を深め、結局、ロシアが11月に外交関係を全面的に停止する事態を生み出した」

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ウクライナに過度に接近することでロシアを刺激し、それが紛争につながるという認識は、欧米諸国にあっては珍しいことではなかった。ミアシャイマーは、2008年のブカレスト首脳会議のさい、アメリカのロバート・ゲイツ防相が、「グルジアウクライナNATOに加盟させるのは、やり過ぎだ」と発言したこと。

また、当時のアンゲラ・メルケル独首相や二コラ・サルコジ仏大統領が「ロシアを刺激するという理由で、ウクライナNATOに入れることに反対していた」ことなどについて指摘している。しかし、ブッシュ政権、トランプ政権、そしてバイデン政権も、こうしたウクライナをめぐる基本的な認識に欠けていた。

「そしていま、アメリカとその同盟国は、ウクライナでロシアが勝利することを阻止することはできるかもしれない。しかし、ウクライナはバラバラにならないとしても、すでに甚大な被害を被っている。さらには、核戦争に移行してしまうという危険はもちろんのこと、ウクライナを超えてエスカレートする深刻な脅威が存在することを指摘しておきたい」

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ミアシャイマーは2008年以降について語っているが、ウクライナをめぐるパワーの構造は、歴史的に常に不安定であり、そのためこの地域が紛争の原因となり、また、ウクライナがなかなか独立を維持できない理由となってきた。彼が以前に書いた論文から引用しておこう。「ロシアの政治リーダーで、モスクワ政府の宿敵である軍事同盟がウクライナに手を出すのに寛容だった者はいない。また、西側諸国がウクライナを自分たちの陣営に引き込むのを、手をこまねいて見ていた者もいなかった」。

こうしたミアシャイマーウクライナ認識について、もう少し付け加えたい気持ちになるが、このエッセイにただよう危機感と、あくまでも事実に基づいた議論を展開する真摯な姿勢を考えればもう十分で、よけいな解説などないほうがよいだろう。「もし、われわれがこの戦争の原因を深く知らなければ、ウクライナが破滅してしまい、NATOがロシアとの戦争を始める前に、この戦争を終わらせることはできないだろう」。

 

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