トランプ大統領がプーチン大統領との電話会談でウクライナ和平に向けて大きく舵を切ったとの印象を与える発言を行い、世界中で朗報として報じられた。しかし、その詳細が分かってくるにつれて、それはまだ可能性の段階であり、いまのところトランプとプーチンとの綱引きが、ようやく始まったと見てよいように思う。

報道から見てみよう。英経済紙フィナンシャルタイムズ2月13日付の「ドナルド・トランプは、アメリカとロシアはウクライナ和平について『直ちに』協議を開始すると発言」によると、水曜日の90分ほどの電話会談の結果として、トランプは「非常に緊密に協力することで合意した」と自らのプラットフォームに投稿したという。テレビでの報道などでは、すでにサウジアラビアでの会談が決まったかのような情報もあったが、これもまだ決定したわけではないだろう。だいたい、なぜサウジなのだろうか? イスラエル問題も同時に解決するとでもいうのだろうか。

アメリカの閣僚級たちが考えているのは、上図の桃色の部分をウクライナが割譲して、NATOには入れないというものだ
「プーチン大統領の報道官べスコフは、ロシア大統領は『両国が協力すべきときが来た』と述べ、『和平交渉を通じて長期的な解決が達成できる』という点についてはトランプと同意していると認めているが、『紛争の原因を解決することが不可欠』と警告している。べスコフは、プーチンがトランプをモスクワに招待して、『相互利益の問題』について話し合うため話し合う用意があると述べている』
この報道の直前に、アメリカのベグゼス国防長官は、ウクライナの永続的な平和には、「ウクライナのNATO加盟が現実的な結果だとは思っていない」と発言している。トランプ発言はこれまでもアメリカ副大統領バンスなどが述べてきた「ウクライナ領土割譲、NATO加盟はなし」に基づいた線に沿ったものと考えて間違いないだろう。すでにゼレンスキーはこの線についての解決は望んでいないことを強調しているので、トランプ・プーチン会談が進んでいけば、ゼレンスキーは蚊帳の外に置かれる危険も出てきたことになる。

ゼレンスキーは交渉のさいに、現在、ウクライナが「占領」している地域クルスクとロシアの占領地域の交換を提案したいなどと述べているが、これはまったく比較の対象にならない「占領」を無理やり比較しているようなもので(占領地の上地図を参照)、これもまた現実性が低い。トランプとゼレンスキーは、ウクライナのレアメタルの権利の譲渡を条件に、ウクライナ和平を推進していくことを検討しているとも伝えられているが、トランプとしてはいずれにせよ自分にとっては切迫した話ではないので、余裕のあるテーマであり、自分の存在感を内外にアピールできればいいだけのことだろう。プーチンとしても、べスコフ発言に明らかなように、アメリカがロシア軍占領地の確保とウクライナのNATO加盟回避を確約するのを待ってからでいいので、じらし作戦で時間を稼いでいればいい。
【追加】バンス米大統領の説として紹介した「ウクライナ領土割譲、NATOには加盟せず」を一番早く提案したのは、故キッシンジャーだった。彼は早々とウクライナ停戦を主張して「平和より秩序が大事」の姿勢を見せたのだが、最晩年のジ・エコノミスト誌のロングインタビューでは、ここまで来たらウクライナはNATOに加盟させて「自国だけで戦略を決めさせないほうがいい」と述べたので話題になった。このさい、冒頭近くでゼレンスキーを「たぐいまれな指導者」と呼んだので、多くのマスコミが「あのキッシンジャーが褒めた」と報じたのだが、ちゃんと長い長いインタビューを読めば、「戦略というものがまったく分かっていない指導者」とも語っていて、この文脈でウクライナ単独で重要な決定をさせないほうがいいと述べているので、「たぐいまれ」の意味がちょっと違っていることが分かる仕掛けになっていた。

さて、「ウクライナ領土割譲、NATOには加盟させない」との主張は、リアリストの国際政治理論家スティーヴン・ウォルトも行ってきた。これはバンスと同じように聞こえるので、ウォルトはバンスについて論評するさいに「ウクライナについてだけは同じことを言っているようだが」と、ジョーク的に挿入している。ウォルトの場合には、要するにロシアがウクライナに侵攻した理由が、そもそもウクライナのNATOへの急速な接近だったからなのである。これはミアシャイマーなども同じ考えを提示しており、リアリストたちに共通の議論といえる。

ただし、この場合はアメリカだけでなくヨーロッパの役割を指摘している点が異なるだろう。アメリカはヨーロッパとウクライナにもっと支援して、いま以上のロシアの動きを牽制するという視点が入っている。そのさいにはアメリカ軍が直接ウクライナに入るような刺激は、当然のことながら与えないほうがいいだろう。その点では前出のヘグゼス米国務長官の構想がますますウォルトたちに似てきているように見えてしまう。その部分を前出のフィナンシャル紙から引用しておこう。
「ヘグゼズ米国務長官はブリュッセルでのNATO同盟国に対して、アメリカは紛争後のウクライナに平和を確保するため『有能なヨーロッパおよび非ヨーロッパの部隊』を派遣すべきだが、アメリカの部隊は派遣するべきではないと考えていると述べて、NATO軍がウクライナに派遣された場合には、同盟の相互防衛条項は適用されないと付け加えている」。よく読めばそのとおりだと思うが、これもやはりロシアとの直接の戦闘を避けたい自分たちに都合のよい話をしているわけで、本格的な和平会談までにはかなりの道のりがあることを予想させる。