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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ゼレンスキーはトランプ和平案を受け入れるしかない?;ウクライナの軍事や国内の行き詰まりは深刻

トランプ大統領の強引な圧力によって、ウクライナはロシアとの和平案を飲まざるを得ないところまで追い詰められている。期限とされた11月27日が間近に迫ったところで、トランプはこの日付については緩和延長しているが、いずれにせよ核心部分の領土割譲は免れ得ない状況になっている。もっとも懸念されるのは、ここまで追い詰めておいて、ロシアがギリギリで拒否しないのかであり、この領土割譲という大幅の妥協をした場合、ウクライナのゼレンスキー体制は持つのかということだろう。


英経済紙フィナンシャルタイムズ11月24日付は「米国とウクライナの交渉で19項目の新たな和平案を起草したが、重要な部分の決定は延期された」を掲載して、当初の期限に至る以前に、「最も政治的に微妙な要素」についてはトランプとゼレンスキーが話し合うということになったと伝えた。この最も政治的に微妙な要素とは、「領土問題やNATOへの参加問題、ロシアやアメリカのこの問題についての位置」などであり、これらの問題解決法は、まだ白紙にしてあるというわけである。

この草案の起草協議において、ウクライナ側はゼレンスキー大統領、アンドリー・イエルマーク首席補佐官、ルステム・ウメロフ国家安全保障国防会議書記が主導し、それにセルゲイ・キスリツァ第一外務次官および軍将校や情報機関関係者が同席した。いっぽうアメリカ側はマルコ・ルビオ国務長官、ダン・ドリスコル陸軍長官、スティーブ・ウィトコフ特使に加えて、なぜかトランプの娘婿ジャレド・クシュナーが同席していたという。


このフィナンシャル紙の記事は、そのかなりの部分がウクライナのキスリツァのコメントを基にしている。それがバイアスのかかったものでなければ、そのまま羅列してもいいのだが、どうもそうでもないような気がする。そうしたエクスキューズを入れたうえで、キスリツァの発言を紹介すると、協議の最初の数時間は本当に危ういやりとりになったというが、ウクライナのイェルマーク首席補佐官と、アメリカ代表団との間で緊張が和らぎ、「最終的に、私たちはアメリカ代表団との間で、真の対話を始めることができた」とのことである。

キスリツァの証言によるものと思われるが、ウクライナ側は領土に関する決定、特に最初の停戦案にあった領土の割譲については、同国の憲法では国民投票が必要になりが、「ウクライナ代表団に領土の問題を決める権限はない」と主張したという。また、キスリツァは、新しい和平のための草案は、ウクライナ国内で暴動を起こしたリーク版の和平提案とは「ほとんど似ていない」のであり、「元の草案から残っているものはほとんどない」という。もちろん、これは公開されて後に比較しないかぎり真実は分からない。

 

フィナンシャル紙の11月23日付には、同紙の軍事・政治コラムニストのギデオン・ラックマンによる「ウクライナアメリカの和平プランに応じる以外に選択肢はない」が掲載された。ざっといって、トランプの和平案はウクライナにとって不利であり、かなり過酷なものだが、大筋を受け入れて、後に交渉によって条件をよくする努力するしか、もう、残された道はないというものである。

ラックマンは停戦交渉がこれからどのような道をたどるのか、3つのシナリオを提示している。第一が、「ウクライナがこの計画を明確に拒否して、トランプが同国への援助停止という暗黙の威嚇を実行に移す」というもの。第二が「今回の提案を交渉の基礎として、ウクライナはヨーロッパ諸国の支援を得ながら、最初の提案を大幅に変更するように努める」。第三が「実現しつつあった合意の矛盾が露呈して、交渉が崩壊してしまい、戦争が継続されることになる」というものだ。ラックマンは第二のシナリオを勧めているわけである。


この第二のシナリオで一番の問題は、本当にウクライナはヨーロッパ諸国の支援を得られるのかという点だろう。領土割譲を含む和平案を押し付けようとしておきながら、トランプのアメリカは停戦維持のための軍隊をウクライナに送ることはありえない。ということは、停戦を保証する軍事・監視は、ヨーロッパ勢力に頼らざるを得なくなるわけだが、それがラックマンの書いているほど容易でもない。また、それ以前に、英国・フランスとドイツとの間でもウクライナ支援への温度差が大きいことは明らかだ。

そもそも、軍事支援に対して最も乗り気である英国にしても、少し前の首相発言を見れば、そこにはアメリカが積極的に支援を続けることと、ヨーロッパ諸国の関与を認めることが前提となっていた。結局のところ、アメリカが軍隊をウクライナに送ることはなくとも、それに近いアメリカの支援がなければ、停戦の継続どころかロシアを説得することすらも夢物語になっている。そして、このラックマンの提案そのものも、かなりの楽観に支えられていることは、彼がいまのウクライナの「現状」を書いている部分を読めば明らかなのだ。


ここらへんは、冷静なウクライナ観察者としてのラックマンのリアルな目が生きている。まず、ウクライナは依然としてアメリカからの武器を必要としていることを指摘している。しかし、アメリカはすでにバイデン政権時のような軍事援助を行っていないのである。では、何をしているのかというと、必要な軍事装備を売りつけているだけなのだ。もちろん、軍事装備を売ってもらえるだけましだが、膨大な費用が流出している。

また、肝心のロシアとの戦争についても、すでにロシアの侵攻をやっとのことで食い止めているという状態になっている。ウクライナ軍は深刻な人員不足に陥り、脱走兵が増加している。ゼレンスキー大統領に軍事計画を提出したダニエル・ドリスコル米陸軍長官(前出)は、「ウクライナの状況は非常に厳しくなっているというのが、いまのアメリカ軍の率直な評価である」と述べている。アメリカ軍の上級将校たちは、すでに数か月前から同様の発言を行っていて、それが正しいというわけである。


ウクライナから逃げ出しているのは兵士たちだけではない。過去約4年の間に、ウクライナは数十万人の死傷者をだした。数百万人の難民がウクライナから逃れ、ロシアの全面侵攻以来、人口は1000万人つまり4分の1が減少している。この一事においても、すでに末期的現象といってよいだろう。もちろん、経済は「生命維持装置」つまり異例の措置をほどこしてやっと成立しており、出生率も急激に下がっている。

これらの悲惨な事例は、ラックマンが第二のシナリオ、つまり、ヨーロッパがもっとウクライナを支援することを前提として、アメリカおよびロシアとの交渉をともかくも始めるよう促すためにあげているわけだが、この肝心の部分のヨーロッパ諸国の強力な支援が得られないとすればどうなるのだろうか。それが得られなければ当然ながら、トランプはさらに条件の悪い和平案を提示してくる可能性すらあるだろう。


また、ロシアが侵入して1年ほどが過ぎたころに、アメリカの元国務長官国際政治学者のキッシンジャーが、ウクライナは領土の一部をロシアに受け渡して、和平に乗り出すべきだと提言したことがあった。これはキッシンジャーの外交思想にある「民主主義よりも秩序のほうが大事」という見方から論じられたものだった。たとえプーチンの野望に妥協しても、長期の戦争によってウクライナが疲弊し、多くの死が生じるよりはましだとの判断だった。

このとき、もちろんラックマンはキッシンジャーの提言を検討したが、やはりそれはプーチンの野望に屈するものであるから、是認できないとの立場にたったはずである。それは議論としては分からないことはない。日本でもプーチンに妥協すればウクライナチェチェンのように国民が惨殺されると論じた人もいたのだ。そして、その支えとなっていたのが、ラックマンの場合は、今回と同じようにヨーロッパ諸国の強い結束と支援だった。


いま同じことを主張するのは二つの意味で不実だろう。ひとつはすでにヨーロッパ諸国が結束もできなければアメリカに代わるほどのウクライナ支援は不可能であることが分かってしまっていることだ。そしてもうひとつは、かつて甘い判断を支持したことによって失われたものが、あまりにも多かったことである。

ウクライナの兵士と民間人の死者と、同国の膨大な経済的損失は、プーチンだけの責任なのだろうか? 人道的視点を延長していけば、この戦争で空しく戦死したロシアの若者たちの犠牲はどう位置付けられるのか。もちろん、プーチンの責任は最大であるかもしれないが、不可能なことを自分の価値観を守るために論じた人間は無罪放免なのだろうか。もういまや、そこまで考えなくてはならない時期なのである。いまできるのは、トランプが自分の名声のために、ウクライナの領土をたとえ売るにしても、安売りさせないことだけだろう。