トランプ政権の外交政策は、世界の権力構造を変えるものになる可能性が高まっている。もっと露骨にいえば、それぞれの地域を分断して、秩序を破壊するものになりつつある。それは、2月中旬に開催されたミュンヘン安全保障会議での、バンス米副大統領の異様な演説が予告していた。世界に、特にヨーロッパに大きな衝撃を与えたこの演説は、日本では過少評価されている傾向があるが、スティーヴン・ウォルトは「見直し以上のもの」つまりは破壊的なものとして警鐘を鳴らしている。

ウォルトは米外交誌電子版フォーリンポリシー2月21日付に「そうだ、アメリカはヨーロッパの敵になった」を投稿した。これは英経済紙フィナンシャルタイムズ2月17日付に同紙外交コラムニストのギデオン・ラックマンが寄稿した「バンス米副大統領のヨーロッパへのリアルな警告」に呼応する形で書かれている。ラックマンは2月14日にバンスがミュンヘン安全保障会議で行った、異様ともおもえる反欧州演説を批判して「いまや、アメリカは(ヨーロッパにとって)敵国となった」と述べた。ウォルトはラックマンの記事について部分的に異論も述べつつも、その見解に同意したわけである。
では、そのもとになったバンス副大統領の演説を思い出してみよう。バンスは「ヨーロッパが懸念すべき脅威はロシアではない。中国でもない。それはヨーロッパ内部だ」と述べて、EUなどによるSNSの偽情報対策を「言論の自由の弾圧」と糾弾し、「最も基本的な価値観が後退している」とまで述べた。つまり、トランプ政権とその支持者たちが、延々と垂れ流す自己中心的で怪しげな情報を、規制しようとするヨーロッパの動向を「基本的価値への攻撃」と批判したわけである。

ヨーロッパ内部だと言っているので、それが同地域に台頭している移民排斥や右傾化を意味していると勘違いする人もいるかも知れないので敢えて述べておくが、バンスが意味しているのはまったく逆であって、バンスはドイツの右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)への共感を示し、AfDとの連立を拒否している主流政党を「民主主義の破壊者」と激しく批判していることも付け加えておこう。
日本ではトランプ政権の異様さは伝えられていても、どうしても関税政策が中心になっているきらいがある。しかし、こうした経済政策と並行して、外交政策においてもその破壊的傾向は顕著といってよい。スティーヴン・ウォルトがギデオン・ラックマンのコラムに同意するのも、トランプ政権の外交がすでに破壊的な領域に入っているからである。「これまでも、幾度となく大西洋パートナーシップ(米欧関係)に深刻な亀裂が生じてきたことを思い出す人は多いかもしれない。しかし、ヨーロッパ人(そしてカナダ人)には、アメリカが故意に彼らに危害を加えようとしていると思った人はほとんどいなかった」。

今回のトランプ政権はまったく異なっている。「ヨーロッパの指導者の大半、そして先週のミュンヘン会議に出席した人びとにとって、今日の状況は大きく変わってしまったと感じざるをえない。1949年以来初めて、彼らはアメリカ大統領がNATOに無関心で、ヨーロッパの指導者を軽視しているだけでなく、ほとんどの諸国に積極的に敵対していると思う正当な理由を手にした。そして、トランプはヨーロッパなどよりウラジミール・プーチン大統領が統治するロシアをよりよい選択肢と見ていることに気がついたのだ」。
こうしたトランプ政権の外交上の新しい動きは、実は、ウォルトなどの国際政治学におけるリアリストが以前より主張してきたことと、かなり重なっていると感じている人も多いかもしれない。ウォルト自身の言葉でいえば、「ウクライナには失地回復の現実的な道筋はない」「NATOの無制限な拡大は欧州の安全保障にとって危険だ」「ロシアが問題を起こすインセンティブを減らす戦略が理にかなっている」「ロシアとの関係改善は長期的にみてヨーロッパに安全をもたらす」などなど。

これらを字面だけ見て行けば、トランプ外交というのはまさに国際政治学のリアリストたちが推奨してきたことではないのかと思っても無理ないかもしれない。もちろん、ウォルトはまったく異なっていると改めてここでトランプ外交を批判している。「トランプ、バンス、ピート・へグセスたちの狙いは、長年の同盟国との関係を根本的に変革し、世界ルールブックを書き換え、可能であればヨーロッパをいわばMAGAの線に沿って再構築するものだ。そしてそれは現在のヨーロッパの秩序にあからさまに敵対するものなのである」。この論文はトランプ外交とリアリストとの違いを、改めて強調するために書かれたといってよいだろう。ここから、ウォルトの今回最も言いたいことが並んでいる。
第一に、「トランプ大統領が、ほかの問題で他国に譲歩を迫るため、あるいは単にアメリカとの貿易黒字を出していることを理由に、それまで友好的だった同盟国に対して高額な関税を課すと繰り返し脅迫していることは、友情の証とはとても言えない」。もちろん、深刻な貿易戦争は過去にも発生しており、歴代のアメリカ大統領はこれらの問題で同盟国に対して強硬な姿勢を見せたこともある。しかし、彼らは気まぐれにそうしたわけではなく、疑わしい国家安全保障を理屈にして過大な要求を正当化したわけではなかった(この点、そうだったこともあると私(東谷)は考えるので完全に同意できないが、アメリカの政治学者が言っていることだとして受けとめることにする)。

第二に、「トランプは大国ならば欲しいものを奪う権利を持っており、それどころか奪うべきだとすら信じていることを公言しているだけでなく、同盟国の領土の一部を奪おうとしていることも隠そうとしない」。こんなのはリアリスト外交でも何でもなく、ただの強奪国家の蛮行に過ぎないと言いたいのだろう。だからこそ、トランプはロシアがウクライナの領土の20%を奪っても困惑すらせず、自分たちも同じようにグリーンランドを要求し、パナマ運河とその周囲を占領する姿勢すら見せ、カナダを第51番目の州にしてやると傲慢にも主張するのだと、ウォルトは怒りをあらわにして述べている。
第三に、「最も嫌悪すべきことは、トランプ、イーロン・マスク、バンス、その他のMAGAメンバーたちは、ヨーロッパの非自由主義勢力を公然と支持していることである」。つまり、彼らは軍事力を用いずに、ヨーロッパ全土に(極右的政権を成立させて)広範な体制転換をもたらそうとしているのだ」。トランプはハンガリーの独裁者ヴィクトル・オルバン首相を自分の豪邸に招き、バンスはミュンヘンに滞在中に右翼の「ドイツのための選択肢」の議長アリス・ヴァイデルと会談している(これが問題なのは、当時の首相オラフ・ショルツとは会談しないで右翼政党のトップと会談したことである)。

ウォルトは第三の問題について指摘するなかで、前出のラックマンのいう「アメリカがいまやヨーロッパの敵対国となった」という言説は、部分的には正しくないと述べている。なぜなら、トランプ政権はヨーロッパの右翼政党とは親しくしていているからだ。とはいえ、全体的に見た場合、ラックマンの指摘は当たっており、それはトランプとのその取り巻きたちがヨーロッパは衰退しているので、たとえ対立してもリスクはきわめて少ないと考えているからだとも付け加えている。
では、いまの状況をヨーロッパ側から見ればどう判断すればいいのか。ヨーロッパとしては、中国との関係を深めて経済的に強い繋がりをもち、たとえばいまアメリカが支配している国際金融決済システムSWIFTに変わるシステムをヨーロッパで新たに開発すればいいかもしれないとウォルトは言い出す。さらに、ヨーロッパの大学は中国の研究機関と共同研究を強化して、アメリカに対抗するべきだとも述べている。しかし、「こうした措置はすべてヨーロッパにとってコストがかかり、アメリカにとっても害になるので、私としてはどれも本当に実現してほしくない」。では、ヨーロッパはどうすべきなのか。

「しかし、ヨーロッパに選択肢はほとんど残っていないかもしれない。私はこれまでも、大西洋パートナーシップは最盛期をすぎており、新たな役割分担が必要だと述べてきたが、その場合、目標は露骨な敵意を助長するのではなく、大西洋の両岸の高いレベルの友好関係は維持することを目指すべきだと考えている。もし、トランプの外交革命によって4億5000万人のヨーロッパ人が、アメリカの最も信頼できる同盟国から、激しく憤慨している敵対者へと変貌してしまうならば、その責任は私たちアメリカ人、もっと正しくは今の大統領にあるというべきなのだ」
以上が、珍しく論旨に微妙なねじれのようなものがある、苦渋に満ちたウォルトの論文だが、いまやますます外交専門家によるアメリカとヨーロッパとの関係をめぐる考察は多くなっている。たとえば、米外交誌フォーリン・アフェアーズ電子版5月1日付に掲載されたリアナ・フィックスとマイケル・キメージの「アメリカがウクライナを放棄したらどうなる?」もまた、副題が「最大のリスクは他のヨーロッパの国ぐににあるかもしれない」というもので、いまヨーロッパに生まれている恐怖を指摘している。

「アメリカのコミットメントが低下する可能性があることで、ヨーロッパ諸国に恐怖心を抱かせている。その恐怖心はすでにEUにおける国防費の増加を促しているが、英国を含むヨーロッパ諸国は、自国の防衛に全面的に責任をもつ準備がまだできていない。共同行動をとる政治的意思、防衛に必要な資金、情報収集や空輸能力を含む軍備、そして指揮統制体制なども整っていない。これらの能力が整うまでには、数年あるいは数十年かかることになるだろう」
こちらの論文では、ロシアあるいはプーチンの「野望」を大きく見積もるせいか、アメリカの撤退はあってはならないものとして論じられている。そのためか、ヨーロッパが中国との関係を深めるような選択肢は慮外とされているのだろう。ただただ、アメリカのヨーロッパでの役割維持を主張することになるが、ウォルトの「リアリズム」においてすらも、アメリカの背後からの援助は必要とされてきた。ただ、それがいまのトランプ政権では、バンスの演説によって不可能となりつつあることを認めざるをえなくなったのだ。こちらの論文の結論部分も引用しておこう。
「いまのところ、モスクワはウクライナに拘束されており、これ以上の拡張主義的な試みを追求する余裕はない。しかし、トランプ政権がウクライナはアメリカのパートナーシップや協力に値しないと公言すれば、プーチン大統領の野心はますます大きくなり、将来的にロシアを抑止するためのコストも増加することになる。もし今、アメリカがウクライナを放棄すれば、ヨーロッパがトランプ政権第2期の圧倒的な大問題となるだろう」