トランプ大統領の第2期目が始まろうとしている。すでに多くの懸念が生まれており、とくに外交においては、混乱を収拾するのではなく、むしろ加速するのではないかと憂慮されている。そこでいま確認しておくべきは、前任者であるバイデン大統領の外交が、どのようなものだったのかである。彼は外交において何を目指したのか、それは正しかったのか。そしてそれは成功したのか。失敗したとすればいかなる負の遺産が残されているのか。
米外交誌フォーリン・ポリシー1月14日付に、ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授が「バイデンの最終外交政策報告カード」を寄稿している。バイデンは外交について述べるさいに、手帳リフィル状のカードを持っていたことは知られている。もし、バイデン外交についての適切な総括が行われるとすれば、それはカードにどのように書かれるかというのがウォルトの意図なのだろう。同誌への寄稿としては分量が多く、今回はかなりの省略があることを了承して読んでいただきたい。
まず、バイデン大統領とブリンケン国務長官がこの4年間で展開した外交において、成功したといってよい点をいくつか挙げている。第一に、ヨーロッパに力点を置いて外交を展開し、これはウクライナ戦争が起こったことによって、アメリカのウクライナ政策に協力を取り付けることが容易になった点で成功だった。また、これと関連してロシアへの経済制裁を行うさいにヨーロッパから同意を得るためにも有効に働いたという。
第二に、アメリカが中国の台頭を牽制するために、アジアにおけるパートナーシップを強化したこともウォルトは評価している。具体的には、フィリピンの基地へのアクセス拡大、キャンプ・デービッドでの韓国および日本の首脳との会談、そしてAUKUSイニシアティブを通じてのオーストラリアとの安全保障関係の強化が挙げられている。
第三に、バイデンの外交チームは、いくつかの重要な技術分野において、中国の技術革新を遅らせるための取り組みを進めてきたが、効果はまだ不透明である。したがって、その取り組みが成功したということではないが、この4年間を眺めた場合に、中国の経済的失策と近隣の対中国懸念によって生じた技術革新の停滞が、期待した効果を生んでおり、方向性は間違っていなかったということはできるという。
第四に、これはちょっと意外な気もするのだが、バイデンが断行したアフガニスタンからの撤退は、長期的にみると正しかったとウォルトは指摘している。その理由としては、いったんアメリカが撤退を決意すれば、アフガニスタン政府はすぐに崩壊する砂上の楼閣となっていたので、たとえもっと長く留まっても何もいい結果は期待できなかったからだという。いずれやらざるとえなかったことを早く済ませたという意味だろう。
ここに並べられた「成果」には危ういものもあるが、いちおう成功だったとしよう。しかし、これから見ていくことは「これらの成果と比べてずっと重大ないくつかの失敗」だとウォルトは述べている。まず、第一の失敗にウクライナ戦争がある。「バイデン政権はウクライナに与えたあらゆる支援と、ロシアに課したコストを大々的に宣伝したがるが、このことを強調するバイデン政権関係者は、ウクライナが払った莫大な代償と、戦争がヨーロッパ諸国に与えた大きな損害を無視する傾向がある」。
そもそも、戦争を始めたという点でロシアが責任を負っていることは間違いないとしても、この戦争はどこからともなく発生したものではない。それはほかでもない、「ワシントンの行動が作り出したもの」であることを認識する必要があるとウォルトは改めて強調している。具体的にはNATOの無制限拡大を続け、ウクライナを安全保障上のパートナーとして繰り込もうとしていながら、ロシアを激しく挑発していることに無頓着だった。しかも、戦争が始まってからも、早期に停戦に持ち込もうとする努力がほとんど見られなかった。
第二の失敗は「いうまでもなく、すべてのアメリカ大統領の墓場とされる中東での失敗」である。「バイデンの最大の失敗は、選挙公約を放棄して、トランプから引き継いだ誤った政策を継続したことだった。まず、公約にあったのにイラン核合意に復帰しなかった。その結果、テヘランは核爆弾級に近いレベルまで核濃縮を進め、イラン国内の強硬派勢力が強まった」。ハマスの急襲についても、まったく予測できなかった。急襲の8日前、サリバン国家安全保障担当補佐官が「この地域はこの20年で最も平穏」などと言っていたほどだった。
「10月7日以降、イスラエルがハマスに反撃したことを正当でないという良識人はいない。しかし、それ以降のイスラエルの復讐作戦は、戦略的にも道徳的にも弁護の余地がない。とくにこの容赦ない暴力の噴出は、ハマスを排除して人質を解放するという公言された目的を達成できなかった。そして、バイデン政権はそれを可能にした爆弾と外交的保護を、イスラエルに提供したのである」
バイデンは自称シオニストだが、ネタニヤフ首相の行動を無条件に支持したことは、イスラエルにとっても良いことではなかった。イスラエルの首相と元国防大臣にはいまや国際刑事裁判所から逮捕状がでており、プーチンと同じ罪に問われている。その汚点は消えないだろう。イスラエルのメシア主義的過激派は罰されるどころか勢力を伸ばし、世俗派と宗教派との溝を深め、ヨルダン川西岸併合への圧力を高めているとウォルトは指摘する。
「ここに悲しむべき逆説がある。いくつかの成果があったにもかかわらず、バイデンのウクライナと中東への対応は、バイデン自身が主張した『ルールに基づく秩序』に多大な、おそらくは致命的なダメージを与えた。バイデンとそのチームは、いくつかの重要な国際的規範を一貫して守ることができなかったため、次期政権がそれらを完全に放棄することを容易にしてしまい、そして他の多くの国も喜んでそれに従うだろう。これからやってくるのは、ルールに縛られなくなり、繁栄も失われてしまった、はるかに危険な世界なのである」