トランプ大統領は就任するや、矢継ぎ早に政策を打ち出し、「1週間で350もの指示を出した」と誇っている。たしかに数だけは多いが、それらは果たして実行可能で米国民に恩恵をもたらすものなのだろうか。現実には実現が危ういものや有害なものが多く、「いまがトランプのピーク」だとハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授が指摘している。出した指示の結果が分からないうちが華で、結果が出てくれば惨状が明らかになるというのだ。
ウォルトは米外交誌フォーリン・ポリシー1月27日付に「いまが『トランプのピーク』になるかもしれない」との論文を投稿して、かなり具体的にトランプが打ち出した政策や指示の非現実性や危険性について指摘している。いまトランプに勢いがあるのは確かだが、それはいまがピークだからであり、「復帰までは印象的だったかもしれないが、困難が始まるのはこれからだ」というわけである。
そもそも、トランプはこれまで政治家として何を実現してきたのだろうか。「たしかに彼のスキルを過少評価すべきではないが、これまでのキャリアでいえば、疑わしい事業に銀行から融資を受けるのが非常にうまく、騙されやすい顧客に実現しないことに支払いをさせるのも上手だった」。しかし、彼は「政府を運営し、首尾一貫した政策を立案し、一般の米国民に幅広く具体的な利益をもたらすことには長けていない」。
たとえば、第一期の結果を見れば、貿易赤字は改善するどころか悪化し、不法移民はたいして減少しなかった。コロナ対策の失敗で助かったはずの数千人が死亡し、北朝鮮は核兵器を増やしている。イランは核濃縮を再開したし、大いに宣伝された中東政策はハマスによるイスラエル急襲の遠因となった。さらにメキシコとの国境に壁を建設していないし、メキシコは壁の費用を出していない。中国はトランプが要求した米国からの輸入品をまったく購入していないというありさまだ。第二期を考えてもまともな業績は無理な理由が多くある。
第1に「歴史に平和推進者として名を残したいという願望と、自分の思い通りにするため威嚇し、また武力で脅すという性癖との間には、あきらかに緊張関係がみられる」。あらゆる方向に棍棒を振り回すトランプのやり方は、どこでも通用するわけがない。たとえば、ウクライナの停戦だが、選挙中には大統領就任から24時間以内に実現してみせると見栄をきっていたが、すでにこの法螺話は撤回している。もともと不可能な話だからだ。
第2に「トランプの経済政策は最初から辻褄が合っていないので、彼は公言した目標の一部を犠牲にするか、場合によれば経済破綻の危険に直面することになるだろう」。たとえば、減税の延長、関税の導入、違法労働者の強制送還は財政赤字の拡大とインフレの再燃を招く恐れがある。規制緩和を進め無駄な支出を減らすとか言っているが、国防総省への支出を増やすともいっているのだから、貧困層の反発を招く社会保障費の大幅削減でもやらないかぎり、彼の考える効率のよい政府などは実現不可能である。
第3に「メキシコなどに不法移民を野放しにしたら罰するといっていることと、彼の反移民政策との間にはあきらかに矛盾がある」。メキシコに対する関税は、多くの米国製造業者が依存しているサプライチェーンを機能不全にしてしまい、メキシコ経済に打撃を与えるので、結果として、より多くのメキシコ人がリスクを無視し、アメリカへの移住を試みるようになるだろう。阻止する方法は近隣諸国を繁栄させることだが、トランプにはそのことがまるで分からないのだ。
第4に「政府機関を骨抜きにし、公務員に踏み絵をふませるいっぽうで、不適格者や深刻な問題のある人間たちを政府機関の責任者に据えれば、不可欠な公共サービスが確実に低下してしまう」。億万長者などではないアメリカ国民の大半は、緊急時には政府機関による救済や調整を期待しており、公共サービスが低下していけば、多くの国民が怒りを抱くようになる。そうなったら、トランプは自分以外に攻撃する相手がいなくなるのだ。
第5に「大学や知的生産機関を攻撃すれば、アメリカは愚かになり、人的資本が減少して、他の国がアメリカに追いつくのを助けることになる」。大学への攻撃は、イノベーションを推進するエンジニアや科学者、医師や法律家などの公的な仕事の担い手、さらには文化の担い手である芸術家や教師などを育てる機能を低下させる。結局、アメリカの総合的な国力を下落させていくことになる。
第6に「トランプのやり方では、政府の腐敗をさらに加速する可能性が十分にある。すでに彼は法外な富を持つハイテク界の大富豪から金銭や支援を得ており、彼らに見返りを与える政策を行い、さらに彼らに重要な政府機関のトップの地位を与えることで、腐敗の新たな機会を増やすことになるだろう」。アメリカの富は多くの人に振り分けられるのではなく、腐敗のために浪費されることになってしまうのだ。
DiePresse.comより
第7に「トランプの第二期目は、ある意味で、共和党が長い間夢見てきた『統一政府』の成就といえる。大統領、上院、下院、最高裁がすべて共和党に支配されているのがいまのアメリカだが、それは独裁的政治を生み出しかねない」。それが共和党の夢であっても、こうした一元的な権力構造は、独裁的で権威主義的な社会と時代を生みやすい。トランプには、スターリン、毛沢東、ヒトラー、ムッソリーニ、フセインと、いまや類似性が生まれている。そして彼らは最終的には失敗していることを思い出すべきだ。
就任演説でトランプはアメリカを「黄金時代」に導くと述べた。しかし、彼が生み出しかねない寡頭制政治で、縁故資本主義が蔓延し、金持ちたちが政府機関を支配し、嘘が政治の日常的手法になり、宗教的教義が公共政策を左右するような国が素晴しいだろうか。ウォルトは次のように締めくくっている。「トランプが私の誤りを証明し、アメリカをより豊かで、より統一され、より安全で、より尊敬され、より平穏な国にしてくれるなら、それは喜ばしいことだろう。しかし、私はトランプの国に賭けるつもりはまったくない」。