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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプの恫喝による外交はどこまで有効か;スティーヴン・ウォルト教授が「棍棒国際政治」を批判

トランプ大統領の帰還は世界中を怯えさせている。これからしばらくは、世界中が彼に脅迫され、嫌々ながらに従う時代が続くと思っている人も少なくないだろう。ある東アジアの中位国のように、貿易交渉で外務省の担当者が自国の記者団に対し、情けない譲歩を「これはトランプ様が望んでいることだから」と説明して、記者の誰も質問しないという事態も再び起こるだろう。しかし、すべての国とその外務省がそんな屈辱に簡単に甘んじるわけはないし、アメリカといえども恫喝や威嚇だけで世界を支配することなどできないのだ。

米外交誌フォーリン・ポリシー電子版12月30日付に、ハーバード大学教授のスティーヴン・ウォルトが「トランプは全世界を恫喝することはできない」との論文を寄稿している。ウォルトによれば、小説や映画においては、いじめっ子タイプの悪人は、最後は覚醒したヒーローに打ち破られることになっているが、現実の世界ではそう都合よくことは進まないという。とはいえ、いじめっ子タイプの悪人が何の抵抗も不都合もなく、自分の勝手を続けられるわけでもない。そこにはおのずから恫喝の限界というものがあるからだ。以降、ウォルトが指摘するトランプの棍棒外交が成功しない理由を8つ紹介する。

第一に、すでにわれわれは、いまと同じような状況を経験し、アメリカが一極支配を達成できないことを知っているからだ。1990年にアメリカは世界に屹立した存在となり、「他の国はアメリカの強大な力と自由民主主義の前に屈するだろうといわれた」。しかし、実際にはそんなことは起こらなかった。こうした楽観的な予想はまったく裏切られ、まさにその失望によってトランプのような人物が、大統領になる事態が生まれたのだとウォルトはいう。

第二に、抑制されないパワーは他者を不安にし、露骨ないじめは怒りを生み出し、密かに恨む者が多くなる。それは国際社会でも同様で、ロシア、中国、イランのように公然とアメリカに反発する国が登場したし、同盟国においても「ソフト・バランシング」によって、アメリカの要求を巧妙にそらして自国の損害を回避するような局面が生じた。「繰り返し屈服する指導者は、国内からの圧力によって抵抗をもとめられることもありうる」のである。

第三に、大げさな恫喝をしてもトランプ自身は短期的に損をしないが、本当に実行してしまうと、アメリカが巨大なために他国だけでなく自国にも大きな損害を負わせてしまう。つまり、規模の大きな相手に制裁を加えるようなことをすると、アメリカも無傷ではいられない。たとえば、中国に対する関税引き上げなどでは、アメリカの産業が原材料や製品を依存しているために、それらに高いコストを課することになってしまう。「要するに、トランプが要求する内容には限界があって、回り回ってアメリカのコストになるということである」。

第四に、トランプのようないじめっ子は、しばしば自分の影響力を最大にするため、相手とは一対一の形を取りたがるが、それがかえって成果を低下させてしまう結果となる。たとえば、トランプはEUとの交渉では各国と個別にやりたがると思われるが、実際にはそのために必要となる手間や時間が膨大なものとなる。「この種のアプローチは非効率的で時間がかかるため、これらの新しい取引の多くは単純には成立しないだろうと私は思う」。

第五に、いじめに直面している子供は、実際には従わずに従順なふりをするものだが、これは国家においても同じことが起こる可能性が高い。「すでに明らかになっている例もあるが、抜け目のない外国の指導者の中には、トランプの自尊心をくすぐり、彼の考えに合わせる用意があるといいながら、ごくわずかで象徴的な譲歩しかしない国もある」。ぜひ、日本にもそのように振る舞って欲しいものだが、日本の外交では対アメリカで優等生になることが目的と化しているので、ちょっと期待できないかもしれない。

第六に、トランプは実際の業績よりも、外見の派手さを重視しているために、肝心の成果があがらない。たとえば、北朝鮮との核兵器廃棄交渉を金正恩と行って、それは素晴らしい成果をあげたとトランプは言い募っているが、実際に素晴らしい成果をあげたのは金の方だったというのが、外交専門家たちの一致した見方である。トランプは度量と恫喝を同時に示せると思っていたようだが、金のほうは会談の場ではいかにも理解したようなふるまいをしてみせたが、その後、核兵器を廃棄するどころか、さらに増強する方向に向かった。

第七に、アメリカは政治だけで何でもできる万能の存在ではない。たとえば、債権市場は独自の性格をもっているから、インフレが再び大きくなったりすれば、債権の利回りは極端な変化を見せて、トランプ政権を驚かすことになるかもしれない。こうした金融市場も、トランプが思った通りにコントロールできると思っているなら、危険も甚だしいと言わざるをえない。また、コロナについて独特の見解をもっている人物を、医療関係の閣僚にしているが、ウィルスには独自の生態があって、口先でどうこうなるものではない。コロナ禍のときの混乱が生まれる危険は高い。

最後に、歴代のアメリカ大統領は、必ず、予想も計画もしていなかった問題や危機など、やっかいなサプライズに直面することになる。そもそも、トランプ第一期政権においてコロナパンデミックが起こり、そのことが大統領の地位を失うことになる原因のひとつとなったのである。たしかに、トランプが棍棒を振りかざして恫喝すれば、当面、相手をいいなりにできるかもしれない。しかし、それは長続きするものではないのだ。

棍棒を振り回すやり方を見て、トランプは素晴らしい仕事をしていると思い込むアメリカ国民もいることはたしかである。しかし、それは(細かい配慮と手続きが必要な)本物の外交政策の成果を、着実に生み出すことは不可能である。最終的にはそうしたアプローチが、小説家や脚本家が好むような、因果応報の結末へとつながってしまうかもしれない。そして私は、そうしたストーリーの映画を観たいと思っている」