新しい年2025年の世界を動かしていくのは何だろうか。ウクライナや中東の情勢はもちろん重要だが、それらを決定づける要因としても、「トランプのアメリカ」というファクターが何より大きいだろう。すでに世界のパワーゲームはウクライナと中東の紛争をめぐって始まっているし、また、経済についてもトランプが繰り出す関税や移民についての「ディール」が方向性を決めてしまうだろう。そして、その根底でうごめいているのが不確実性という魔物である。
英経済誌ジ・エコノミスト2024年12月18日付は編集長による「2025年を決定づける三つの勢力」を掲載していた。その三つというのは、まずドナルド・トランプであり、次にテクノロジーであり、そして三つ目が根本的な不確実性だというのである。いうまでもなく、この三つは同じレベルで並べられるものではない。トランプはヒューマン・ファクターであり、テクノロジーは技術ファクター、そして不確実性はおそらく人間の予測能力を超えたところにある歴史的ファクターだ。
まず、トランプという要素だが、まだ大統領に就任する前から政府を形成する人物たちが指名されているが、「いまのところ、トランプが基準としているのは、トランプへの忠誠心、政治や経済に対するタカ派的姿勢、そして混乱を好む性格ということになる」。こうした基準からは、トランプの性格は分かっても、世界の政治経済を動かしていく軸というものはまるで見えてこない。
とはいえ、これまでトランプが選挙やその後での発言から推測すれば、ウクライナについては「24時間で終わらせる」と言っているように早期解決を志向するだろうが、そのことで必要とされる条件が本当に整うかどうかは明らかではない。もし、ウクライナにロシア占領地の放棄という領土喪失を受け入れさせ、ロシアのプーチン大統領には停戦以降の侵攻をあきらめさせることができればトランプは勝利したことになるかもしれない。しかし、戦後のウクライナの地位が保障されない停戦であればプーチンの勝利となってしまうだろう。
中東に関しても、ほとんど廃墟と化したガザ地区にいまも残存するハマスとイスラエルとの停戦を実現すれば、トランプの勝利ということになるかもしれないが、ほんとうにイスラエルのネタニヤフ首相が、この勝利をトランプに与えるかはまだ分からない。イスラエルは必ずしもアメリカにパレスチナ問題の解決を依存しているわけではなく、そのこと自体が中東を不安定にしたことを忘れるわけにはいかない。
そもそも、トランプはパレスチナ国家の実現をまったく目指していない。たとえハマスとの停戦が成立したとしても、アメリカが積極的に解決を目指して介在する気がなければ、パレスチナ問題の解決にはほど遠いといわざるを得ない。さらに、ある意味でもっと大きな問題である中国との関係は、関税をめぐってこれからも混乱が予想されている。そしてまた、アメリカの不法移民の問題は、意外に手こずるのではないかと思われる。
それではアメリカの新しい政権が、世界の繁栄に貢献できることはないのだろうか。どうやら同誌編集長のザニー・ミントン・ベドスは、「ある」とみており、それはAIを中心としたテクノロジーの分野であると考えているようなのである。「幸運なことに、トランプの国内政策において最も重要な部分は、薬物規制から軍事調達まで、規制緩和と政府機構の改革プロジェクトであると思われる。これらの改革はバイオテクノロジーやAIなどの最先端技術を、アメリカがどこまで早期に採用し、さらに普及させるかを決定することになる」。
いまの時点でこうした楽観的なことが言えること自体が驚きだが、すでにテクノロジー主導で生まれた株式市場のバブルは、すでにその根拠が薄弱であることを示しつつある。そのことは、ほかでもない、ジ・エコノミストに掲載されているリポートでも明らかなはずなのである。もちろん、現場に食い込んだ記者と全体を統括する編集長との間に、大きな見解の相違が生まれるのはよくあることだ。そして、そうした場合にはたいがい現場を知っている者たちのほうが正しいのである。
しかも、この編集長の社説は次のようなくだりに続いている。「アメリカ政府のテクノロジーの責任者となるのはイーロン・マスクである。連邦予算を2兆ドル削減するという彼の公約は馬鹿げているが、アメリカが急伸的な新テクノロジーで世界をリードし続けるために改革が必要だという彼の考えはもちろん正しい。トランプが本当にアメリカを偉大な国にしたいなら、トランプ政権はここに焦点を絞るべきだろう」。そして最後に付け加えている。「イーロン、君の出番だ!」。
歴代のジ・エコノミスト編集長を振り返っても、ここまでテクノロジー幻想にはまりこんだのは、ちょっと珍しい。AIバブルはすでに株価を信じられないような高さ(もう投資しても回収不可能な指数)にまで押し上げているし、そもそもイーロン君の電気自動車会社が発売まじかと公言しているAIを応用する自動運転車は、とても技術的に可能だとは思えない。この編集長もイーロン君の虚言の魔力に侵されてしまっている。
さて、この編集長はサブタイトルで三つのフォースについて述べていながら、最後の「不確実性」についてはろくろく論じていない。経済学の歴史において不確実性を論じたフランク・ナイトやJ・M・ケインズは、確率計算では予測できない事態として捉えていた。もちろん、それはまったく予想できないものではないが、数学的な対象ではなく歴史的な対象だと把握していたのである。世界に降り積もった政治的不確実性や、アメリカを中心に抱え込んでしまった技術革新の不確実性が、いまやじわじわと歴史的事件となって水面下より浮上しつつある。そしてそれは2025年には顕在化するのではないかと思っている人は少なくない。