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東谷暁による「事件」に対する解釈論

リアリストはなぜガザ戦争に反対しているのか;スティーヴン・ウォルト教授が語る「戦略と倫理」

国際政治学におけるリアリストはたいがいの戦争に反対してきた。不思議に思う人もいるかと思うが、リアリストの代表であるスティーヴン・ウォルトが、なぜリアリストは戦争を喜ばず、今回の「ガザ戦争」についても反対しているのかを語っている。ポイントはリアリストあるいはリアリズムについての誤解にあるようだが、ますます混迷を深めるガザ戦争について、ここでもウォルトは明快に反対する理由を論じている。


何度も取り上げてきたが、今回も米外交誌フォーリン・ポリシー電子版の5月21日付に掲載された「なぜリアリストはガザ戦争に反対するのか」を紹介したい。ウォルトはガザ戦争に限らず、戦争についてのリアリストによる見方を、きわめて明快な論旨で述べている。ここではその概要を紹介するが、全文を細部にわたるまで読みたい人は、ぜひ、フォーリン・ポリシーにアクセスしてみていただきたい。

「いくつかの混乱がリアリズムというもののよくある誤解から生まれている。つまり、リアリズムへの賛同者は、外交政策は倫理的な考察をほとんどすべきでないか、あるいはまったくすべきでないと考えている、というわけである。しかし、それは実に馬鹿げた非難である」


たとえば、いまのガザ戦争について考えるさい、「リアリストはいまガザで起こっていることについて、意外だと驚きはしない。しかし、リアリストがいまイスラエルアメリカが行っていることに賛同することなどありえない」。リアリストは起こっていることは真摯に受け止めるが、起こっている事態をそのまま放置すればいいなどとは考えない。それどころか、その解決策を多くの複雑な現実を踏まえて模索するのがリアリストなのである。

ガザ戦争についても、ウォルトは批判してきたが、それはなぜかを6つほど並べている。第一に、「リアリストがガザ戦争を批判しているのは、軍事力の限界とナショナリズムの重要性を正しく評価しようとするからである」。いまやハマスイスラエルの激しい爆撃にもかかわらず生き延びつつあるし、また、それが不可能になっても、パレスチナ人が存続するかぎり、新しいレジスタンス組織が生まれるのは間違いない。つまり、ハマス殲滅を掲げるイスラエルは、最終的にいまの戦争に勝つことはできないのだ。


第二に、「リアリストがイスラエルの行動(およびアメリカの共謀)に反対しているのは、イスラエルとの連携がアメリカの国際的地位を掘り崩してしまうからである」。すでに、バイデン政権が実質的にイスラエルのガザ攻撃を支援していることで、国際社会において孤立し始めている。それは、国連総会でパレスチナをこの地域の代表とする決議で、賛成143,反対9、棄権25という結果がでたことでも明らかなのである。(ここにはアメリカの工作や圧力があってもこの結果だったという含意があるだろう)

第三に、「戦争はけっして安くないからである」。アメリカ議会はイスラエルがガザを滅亡させるための援助として何十億ドルもの予算を計上し、さらに人道的支援をすると称してガザ地区の海岸に3億2000ドルかけて桟橋を作る費用も支出している。そんなことをしているのも、アメリカがバックアップしている国が、ガザ地区への救援食糧を積んだトラックを通さないからなのである。その外にもイスラエルを攻撃しようとしたイエメンの過激派を攻撃するために高価なミサイルを発射し爆撃を行っている。


第四に、「戦争は政府のトップクラスの高官たちを駆け回らせ、時間、エネルギー、注意力を消耗させる」。アントニー・ブリンケン国務長官ウィリアム・バーンズCIA長官などが、引きも切らず中東に出かけていって交渉や会談を行っているが、その間、多くのやるべき仕事が犠牲にされ、内外の緊急事項が解決されないまま放置されている。この損失は意外に大きいとウォルトは見ている。

第五に、「では、大きな勝利を得たのは誰か? もちろんロシアと中国である」。アメリカがイスラエルのガザ戦争にかかずらわっている間に、ロシアや中国は世界中の国ぐにとの外交や経済援助を推進し、両国の国際的地位を向上させているのに、ガザ戦争への加担はやればやるほどアメリカの地位を下落させる。


第六に、「リアリストがイスラエルの行っていることに反対するのは、そのことによってアメリカにもたらされるものが、戦略的にみてほとんどゼロだからである」。かつて、ソ連が中東に進出しようとしていた時代、イスラエルとの関係を深め他の中東諸国を牽制することには戦略的に意味があった。しかし、いまやイスラエルに無限の援助を行うことは、戦略的にマイナスになっても、プラスになることはほとんどなくなっている。

ガザ地区を爆撃し続けることで、ガザ地区石器時代に戻してしまったところで、アメリカの安全が確保されるわけではないし、さらなる繁栄が保証されるわけもない。もちろん、イスラエルの安全も増進されることがない。そのための解決は軍事的な破壊ではなく、政治的な解決が必要とされるのである」

ウォルトは最後の部分で「私のようなリアリストにとって、いまアメリカとイスラエルが行っていることに対しては、首を傾げざるをえない」と述べている。戦争を遂行することにより、ごくまれに戦略的な利益と倫理的な効果が得られることがある。また、これらの戦略と倫理が「トレード・オフ」の関係にあって、いずれかをとることもあり得た。「しかし、ガザ戦争というケースは、いずれをも失うしかないものなのである」。