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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプの新政策は最初から躓いている;メラニアの帽子にキスを阻止されたのが悪かった?

トランプ大統領の就任式で、妻のメラニアへのキスが「エアー・キス」で終わったことについて、これは「単なる失敗」という説と「お化粧への配慮」という説があって、双方が一歩も譲らず論争になっているのだそうだ。以前も、メラニアがドナルドのキスを避けるしぐさをしたことがあったので、メラニアの今回の帽子の広い鍔もキス回避のためでなかったかと思われる。そんなことはどうでもいいのだが、就任数日にしてトランプが打ち出した政策はどれも派手で話題になるのだが、しかし実現性からすればきわめて疑わしいものが多く、これらもエアー・キスになる可能性が高い。


まず、ウクライナ戦争の終結だが、ゼレンスキー大統領はいまもNATOに加わることが可能だと思い込んでいるようで、1月22日の報道でも「トランプ次第だ」と希望をつないでいるらしい。しかし、ウクライナ戦争の停戦については、トランプはウクライナに領土放棄という代償を払わせ、プーチンを説得するためNATOには参加させない方向で進めていると思われる。実は、これ以外の方法は困難であり、そもそもバンス副大統領などのウクライナ停戦案は、最初から「領土分割、NATO不参加」なのだ。

これと関連してトランプが言い出したのは、ロシアが言うことをきかなければ、経済制裁を強めるという脅しである。具体的にはロシアからの輸入品への関税を高くするというのだが、そもそもこれまでの経済制裁でロシアからの輸入などきわめて少なくなっている。いまさら何をやられても、プーチンは冷たい笑いを浮かべるだけで、それほどのショックを受けないに違いない。

政治で語るに落ちたのは、グリーンランドの買収案で、21世紀のいま、こんな政策が可能だとは思わない。19世紀ならばロシアのものだったアラスカを、うっかりとアメリカに売ってしまって、20世紀に戦略上苦しくなったという例はあるものの、いまになって戦争もしないで、軍事施設だらけの北方四島か二島を買い取るという案が、いずれにせよ現実性がないことと同じだろう。

 

次に、経済政策だが、新しい話題でいえば、トランプはAIインフラ投資を加速する組織を作ると発表し、これを「スターゲート」と呼んで、AI関連企業に参加を呼び掛けている。ところが、このプランに他でもないイーロン・マスクが待ったをかけた。いうまでもなく、マスクはトランプ政権の政治強硬論者たちのMEGA派に対抗するハイテク指導者たちのTECH派の総帥のようにいわれているわけである。

1月23日のCNNによれば、マスクはこのプランに参加すると表明したソフト・バンクは100億ドルしか用意していないし、また、オラクルやオープンAIなども準備ができてないとの印象を与えようとしている。トランプ側の話では、参加企業に準備金がなくとも参加できると述べて、マスクの誤解を指摘しているが、ともかくも、これでトランプ政権にはせ参じたTECH派の中にも対立があることが明らかになってしまった。

さらに、すでに1月21日の報道によれば、トランプ効果で急上昇していたハイテク関連株が、勢いに陰りを見せているという。ウォールストリート紙1月21日付によれば、RIVNがマイナス6.47%、NKLAがマイナス9.33%、LCIDもマイナス6.84%。もちろん、これは上がりすぎた反動だと言えるし、TSLAはかろうじてマイナス0.57%で済んでいるが、トランプが煽ったからといって、株式市場は彼の思い通りに動くわけではないことが、すでに示唆されている。

こうしたトランプが始めたトランプ新政策は、「威嚇外交」や「ディール」で新しい展開を見せるかにおもえて、実際にやりはじめると「それほどの効果はない」あるいは「逆にアメリカにマイナス」ということになる公算大である。付け加えておけば、移民を大量に送還して、さらに国境を閉じるようなことをいっているが、移民が入ってきたのは仕事があるからで、違法でも雇っていたのは農園などに典型的に、極端に安い労賃で働かせる労働力を求めている連中たちがいるからである。働く側も働かせる側も苦しくなることはうけあいで、それがもう耐えられないところまでくるのに4年の歳月は必要ないだろう。


結局のところ、トランプが身振り手振りと口先で、新しいことがいくらでも可能なように演出しても、実際にはそれほどの結果も得られず、また、逆にマイナスになることが多いということが誰の目にも明らかになったあたりで、彼の時代も大きな転機を迎えるだろう。ドナルド老人は長い人生のなかで、メラニアおばさんの帽子の鍔のようなものには何度も邪魔されて、この世には自分の思い通りにならないことがたくさんあることは分かっていたはずだ。なのに、自分の「わがまま」を世界規模でまたしても試したくなっているだけなのである。