HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ガザ停戦に合意したネタニヤフの本音;ついに亀裂が入った政権は存続できるのか

イスラエルの国家安全保障相ベン・グヴィルが、ネタニヤフ連立政権から離脱した。同政権がガザ停戦に合意したことへの抗議だが、では停戦はどうなるのか? ネタニヤフはなぜ離脱が分かっていて停戦合意を推進したのか。この微妙な状況を、最新の報道から読み取ってみよう。結論からいえば、かなり危険な綱渡りだが、政権は維持され、合意の最初の6週間は継続される見通しだという。では、戦争はどうなるのか。


英経済紙フィナンシャル・タイムズ1月19日付は「ベン・グヴィル、ガザ停戦に合意したイスラエル連合から離脱へ」を掲載している。イスラエル政府は18日の早朝、イスラエルハマスとの15か月におよぶ戦争を停止し、拘束されている人質98人の解放への道を開く多段階合意に承認した。この際、閣内の宗教的右派は反対票を投じ、以前からの合意の最初の6週間が始まると同時に政府を去るという警告を実行した。

これまでも停戦合意が試みられるたびに、宗教右派たちの反対によってそれが挫折してきた。今回はそれがなぜ可能になり、「イスラエルの力」のベン・グヴィルが政府を去っても、ネタニヤフは依然として政権を仕切っていられるのか。この点について、ざっと考えてみよう。そもそも、イスラエルの政治制度では政府が議会少数派になっても政権は維持できる。それなのにネタニヤフが停戦合意に踏み切れなかったのは、そうしなくともアメリカのバイデン政権は対イスラエル強硬策をとらないと見ていたからだ。つまり、バイデンは甘く見られていたのだ。

ft.comより


しかし、アメリカ大統領に就任直前のトランプは、自分の外交的成果のひとつとして、何らかの形でのガザ停戦を望んでいる。すでに選挙では米国内のイスラエル・ロビーからの支援を得ているので、ネタニヤフに強く出て何らかの圧力があったとしても怖くない。それよりも、トランプ新時代を印象付ける成果のほうが優先されるし、アメリカのイスラエル・ロビーにとってもそれは許容範囲だと踏んでいるのだろう。さらに、もうひとりのネタニヤフ政権に入っている右派スモトリッチについては前出のフィナンシャル紙が次のようにのべている。

「ベン・グヴィル率いる『イスラエルの力』が離脱したにも関わらず、ネタニヤフ連立政権は120議席ある議会において、わずか2議席ながら過半数を維持する見込みがある。というのは、同じく宗教的右派である『宗教シオニスト党』のべザレル・スモトリッチ財務相が、合意以後も政権に留まる意向だからだと思われる」

ABCより


このスモトリッチも、すでに、ハマスが人質33人を解放するさいに、イスラエルの刑務所に収監されているパレスチナ人1900人を解放しなければならない停戦合意の「第一段階」について、この措置が6週間後に終わってもネタニヤフが戦争を再開しなければ、政府から同党は撤退すると警告している。スモトリッチは18日にも、この警告あるいは脅しを繰り返したが、ネタニヤフは戦争のやり方を変更し「ガザ地区全体の段階的な制圧」を目指すと約束したといわれる。

こうしたネタニヤフの言動は、かなり危ういもので、たとえばガザ地区あるいはヨルダン河西岸で何か事件が起これば、廃墟と化したガザ地区でさらなる掃討作戦を再開する可能性が高い。事実、同紙によれば、ネタニヤフは18日の演説で、引退するバイデン大統領と就任間近のトランプの両者が、停戦合意の「第2段階」の詳細な協議が決裂すれば、イスラエルは戦争を再開する権利を持っていることを、認めていると明言している。


つまり、ネタニヤフはアメリカとの曖昧な約束を振り回し、離脱を再度ほのめかしているスモトリッチを当面は引き留めているものの、その状態が6週間を超えて続くとは必ずしも思っていないわけで、いつでも戦争を再開するという点で意欲的だといえる。事実、彼は「もし再び戦闘に復帰しなければならないなら、われわれは新たな方法で、さらなる増員を行って戦うことになるだろう」などと演説で述べているのである。

そんななかで、仲介役のカタール外務相は、18日の早朝、停戦は現地時間の19日午前8時30分に発効すると発表。同日遅くにはハマス側が人質を3人解放し、イスラエル側はパレスチナ人を95人解放する予定だという。しかし、ネタニヤフはこの条件にも不満を表明しており、解放人質リストを提出するまで合意を進めないと述べていて、「イスラエルは合意違反を容認しない」と語り、決めるのはイスラエルだと強調している。

それでも合意が予定通り行われれば、「第1段階」の16日目までに「第2段階」の詳細を決める交渉が再開されることになっている。この第2段階ではおそらく生き残った人質が数百人のパレスチナ人と引換えに解放され、イスラエルガザ地区から撤退し、戦争は完全に終結するといわれる。「第3段階」に入るとエジプト、カタール、国連の監視のもと、人質の遺体が返還され、ガザ地区の再建が始まるというのだが、そこまでの道のりは簡単でないし、また、けっして単純でないように思われる。