ロシアのプーチン大統領がトランプ大統領との電話会談で、ウクライナ東部のドネツク州を割譲するなら、ウクライナとの和平にのってもよいと発言していることが報じられている。ガザ停戦をいちおう実現させたトランプは、ウクライナ停戦に向けても積極的になっているが、さすがにこの案には簡単に同意できないと思っているらしい。実は、プーチンのドネツクへの執心は以前からのもので、ウクライナの割譲を前提とする和平案には必ず登場してきていた。【増補+3】分は文末にあります。

ワシントンポストより:電話会談は多くの部分が秘密とされている
米紙ワシントンポスト10月19日付に掲載された「プーチンはトランプとの電話会談で領土割譲を要求していた」で、先週の電話会談でプーチンが、ウクライナ東部のドネツク州の割譲を和平の条件として提示していたと報じた。「プーチンは戦争終結の条件としてウクライナが東部の戦略的要衝であるドネツクの完全な管理権明け渡しを要求したと、会談に詳しい2人の政府高官が明かした」という。
「プーチン大統領がドネツク問題に注力していることは、トランプ大統領が停戦合意に楽観的姿勢を示しているにもかかわらず、紛争を膠着状態に陥らせているこれまでの経緯から、プーチン大統領は一歩も引く気がないことを示唆していると、当局者が匿名を条件に述べた。ロシア、およびロシアが支援する分離主義勢力は、2014年以降、この地域の一部を領有する権利を主張しているが、武力による地域全域占領は一度も実現していない」

もちろん、プーチン側にも「譲歩」と思われる条件変更がある。ドネツク州の完全支配と引換えに、一部制圧しているウクライナのザボリージャとヘルソンの2つの地域を放棄する用意があるとプーチンが示唆していると当局者は述べている。このプーチンのプランは、さる8月にアンカレッジで行われたトランプ・プーチン会談でプーチンが主張した領土主張より、やや範囲が狭いと同紙は述べている。
証言してくれた2人の高官のうち1人は、これを「進展」と捉えているとのことだが、もう1人の上級外交官である高官は「ウクライナ人はそのように受け止める可能性は低い」と語ったという。「何も得られないままに、自分の足を売るようなもの」とその外交官は指摘しており、また、ホワイトハウスも同紙のコメント要請には応じていない。ロシアとウクライナはいまだにいずれの軍隊も「決定的」といえる優位を確立していないといえると同紙は述べている。

ワシントンポストより:ゼレンスキーの選択肢はせまい
「ウクライナ側は先週金曜日の会合で、長距離ミサイルであるトマホークを持って帰る(供与を約束させる)ことを期待していたが、何も手に入らなかった。当局者たちによれば、トランプ大統領が差し向けたスティーブ・ウィトコフ特使は、この会談でウクライナ代表団にドネツクの引き渡しについて圧力をかけて、この地域はほとんどロシア語圏であると指摘したという。これはクレムリンが頻繁に取り上げる論点であり、ウクライナや欧州の当局者たちにしても(ロシアがそう主張するのは)理解できないことではないといわれる」
しかし、それまでロシア語を使っていたウクライナ人も、戦争が始まってからはロシア語圏の住民もウクライナ語をつとめて話すようになっており、この論点だけでいまのウクライナ人にドネツク割譲を納得させることは難しいだろうと同紙は述べている。トランプ大統領は電話会談前にはトマホークをウクライナに送ることを決めかけていたが、先週木曜日の電話会談の後には撤回し、ゼレンスキー大統領には金曜日の会談で「ミサイルを送らずに戦争を終結させたい」と述べたという。これは次のプーチンとの会談を考慮したものと思われる。おそらく、そのさいの交換条件などに使う気なのではないか。

ワシントンポストより:ロシアはイスラエルのような支援対象国ではない
水面下で工作をすすめておいて、ほぼ決まってから発表するという従来の外交とは異なり、トランプ外交はそのとき次第で話題性と称賛を追及していくので、トマホークの供与もあたかも決定事項のように報じた日本のメディアもあった。しかし、またしてもプーチンから話を聞いて、こちらのほうはガザ地区和平のようにはいかないと思ったのだろう。そしてまた、ガザ地区停戦もいまのところ大成功と評価するメディアは多いが、何らかのきっかけで暗転する確率は高いと見るべきなのかもしれない。

やっぱり、そのとき次第のトランプ外交だった
【増補】10月20日のロイターによれば、ゼレンスキー・トランプ会談のさい、トランプはドネツク州だけでなくルハンスク州もロシアに割譲して、サボリージャ州とヘルソン州の「一部」を受け取るよう迫ったという。そしてさらに、トマホークの供与を断っているので、ロイターは関係筋の話として「前日のプーチンとの電話会談が、このトランプの提案に影響を与えているとの印象をうけた」ことを紹介している。つまりは、いつものようにトランプは自分の圧倒的な優位を行使して、当面の「外交勝利」を得ようとしているだけなのである。
【増補2】10月20日付のフィナンシャルタイムズによれば、トランプはゼレンスキーとの会談で、またしてもゼレンスキーを怒鳴りつけたという。割譲しなけりゃ、お前んところはプーチンに征服されるだけだ! というわけである。こんな大統領がいるアメリカ、それを許しているアメリカ人も相当なものだというしかない。世界政治の独裁化などといわれて、アメリカもロシアや中国と同じになったとかいうのだが、ロシアや中国は最初から独裁で、西欧的民主主義を売物にしていない分だけ「誠実」なのかもしれない。
【増補3】10月22日、BBCによると、ホワイトハウスは近日中にトランプ・プーチン会談の予定はないと述べた。なんのことはない、脅しつけたがゼレンスキーが割譲を拒んだので、プーチンにもっていくお土産がなくなり、ディールができなくなったということなのである。せいぜい、トランプのディール外交というのはこの程度で、そのときしだいのフェイク・パフォーマンスに終わる。