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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエル・ハマス戦争の経済的帰結;この戦いは世界経済をどれくらい悪化させるのか?

イスラエルハマス戦争は世界経済にとってどれほどの影響を与えるのか。もちろん、ガザ地区での地上戦は始まったばかりだが、これまでの類似的事件などから推測することはできる。それと同時に考えなくてはらないのが、この地域紛争が世界的な規模になりはしないかということだ。すでにさまざまな考察が発表されているが、ここでは経済についての考察を取り上げて考えてみよう。


英経済紙フィナンシャルタイムズ11月1日付は同紙コラムニストのマーティン・ウルフが「イスラエルハマス戦争の経済的帰結」を寄稿している。「講和の経済的帰結」というのは、いうまでもなくケインズの最初の著作名で、ウルフは当然それを意識してタイトルに使っている。ケインズは、英財務相顧問としてヴェルサイユ会議に参加し、ドイツに対するあまりの報復的講和条約に憤慨して辞職し、この本を書いて報復は世界経済を不安定にし、ドイツ人に復讐を促すものだと論じた。

ウルフが歴史的な著作のもじりを使って悪いということはないが、では、この記事が未来を予測するような作品になっているかは、残念ながらまだ分からない。ただ、ウルフは常にデータやグラフを添付して論じるので、今回も読者は彼が提供されているいくつかのグラフを見ながら、自分なりに考えて、ウルフとは異なる結論に達することも可能である。


もうひとつ記しておくべきなのは、ウルフはフィナンシャル紙の国際政治コラムニストのギデオン・ラックマンが数日前に書いたエッセイに賛同をしめし、このエッセイの導入にしていることである。ラックマンは、第一次世界大戦のきっかけとなった事件は、それがヨーロッパの歴史をまったく変えてしまう端緒になると思った人はいなかったと述べて、イスラエルハマス戦争が地域紛争を超えて、中東全体あるいは世界全体に波及することもありうるとしている。

ということは、ウルフもイスラエルハマスの戦いが本格的な地上戦に突入してしまった時点で、この地域紛争が世界経済を揺るがす巨大なものになる可能性があるかもしれないと、考えているということだろう。以下はウルフが提示しているグラフを見てもらえばいいようなものだが、それでは彼に対する名誉棄損になるので、彼の見解も簡単に紹介しておく。

グラフ① グラフはすべてフィナンシャル紙より


まず、さまざまな紛争がおこってから3カ月の時点での平均石油価格のグラフ①だが、これまで高いジャンプを見せた例を並べている(世銀はいまのところ、今回のイスラエルハマス戦争による上昇率は約6%としている。下のグラフ③でも同様だ)。グラフ②が今回の世界の石油価格の1970年以降の変動グラフである。イスラエルは石油生産国ではないが、紛争が中東に広がった場合には、どれほどのショックがあるかということである。中東には世界の埋蔵量の48%が集中しており、また、世界の生産量の33%を占めている。

グラフ②


では、今回のショックによって、石油、石炭、天然ガスなど各種エネルギーの価格が、どのような変動を見せたのか。それがグラフ③である。このグラフで注目すべきは、ジャンプ率が最大だったのは、石油ではなく天然ガスだったことだろう。石油は金の上昇率よりも低く、意外に思う人もいるかもしれない。

グラフ③

 

すでに石油に依存する率は以前に比べて世界的に低くなっており、グラフ④に見るように1970年に比べてすでに60%近くも下がっているのだ。ちなみに、1970年代の日本の輸入せざるをえない石油への依存度はきわめて高く、2度にわたる石油ショックで戦後の繁栄は終わりになるといわれた。しかし、依存度を下げる国民運動のようなものを展開し、繁華街や花街は夜明かりが消された。それが1980年代の繁栄へとつながるのだが、これが逆に、1990年代のバブルを起こしたという説もある。

グラフ④


とはいうものの、後ろのほうに掲げたグラフ⑥を見てもらえばわかるように、他のエネルギーと比較すれば石油はまだまだ比重は大きく、かろうじてトップである。また、今回のように液化天然ガスの価格が高騰した場合には、石油への注目度が急激に高くなるのは当然だろう。グラフ⑤は英国銀行が行ったシミュレーションで、原油の供給がどれくらい下落するかによって、生じる場合を衝撃度でスモール、メディアム、ビッグの3つに分けている。

グラフ⑤


英国銀行にれば、衝撃度スモールの1日当たり供給量200万バレルの下落の場合には1バレル当たり93~121ドルに、ミディアムの300~500万バレル下落では109~121ドル、そしてビッグの衝撃で600~800万バレル下落なら141~157ドルになるという。

ウルフに言わせれば、こうした衝撃の規模がどれほどになるかは「不確実性」を含んでおり、正確な予測は難しいものの、イスラエルハマス戦争が中東の他の地域に波及していけば、ビッグになることもありうるという。ちなみに、この不確実性という言葉はケインズの『雇用、利子、および貨幣の一般理論』でのキーワードなのだが、不思議なことに後継者を自称する人たちは、このキーワードを回避し続けてきた。最近はようやく経済には「サドン・ストップ」がつきものだ指摘した主流派の経済学者がいるが、これはあまりに当然の話だろう。そして、予期しない事態の急拡大も起こりうるのだ。

グラフ⑥


さて、ウルフはラックマンが述べた政治的側面についても簡単に触れている。「いまや最大の問題はイスラエルがどう動くかということだ。イスラエルが憤激してハマスを殲滅すると言っているのも、分からないではないが、そんなことが軍事的に可能なのだろうか。そもそも政治ゲームの終わりとは何なのだろうか。そして、もしそれがあるとして、パレスチナ側との和解への戦略とは、いかなるものなのだろうか」。

ハマスは「ガザ地区での自らの存在感が、薄らぐのを嫌って今回のような急襲に出た」とも、「このガザ地区を殉教者にすることによって、世界的な反イスラエルの戦いを起こす」ことが目的だったともいわれている。ということは、イスラエルが憤激にかられていまのハマス殲滅作戦を続ければ、まったくハマスの狙いにはまってしまったことになるのではないか。