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東谷暁による「事件」に対する解釈論

フライン総司令官の野望と恐怖;ミャンマー・クーデターに至る裏取引の失敗

英紙ザ・タイムズ2月2日付が、「ミンアウンフラインによるミャンマー・クーデターの知られざる動機」を掲載している。いうまでもなく、今回のクーデターの首謀者ミンアウンフライン総司令官が、いったいどのような理由でクーデターに及んだかを、同紙アジア担当のリチャード・パリ―が書いている。

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すでに、このブログでは「ミャンマーのクーデターを決断させた一言とは」で、ミャンマーの権力構造と中国との親密な関係から、フライン総司令官がクーデターに至る経緯を推理してみた。さらに、その「付記」に、フォーリン・アフェアーズ誌電子版2月2日に掲載された「ミャンマーのクーデターは予告された出来事」の見解も紹介しておいた。同論文はフライン将軍のかなり個人的な事情を指摘していたが、ザ・タイムズのほうも、かなり似た視点から原因を推測している。

 「ミャンマーの総司令官に就任してから10年たって、フラインは今年7月に65歳の誕生日を迎えれば、この地位から引退しなければならない。……すでに彼はロヒンギャ問題でアメリカの制裁の対象となっており、国際司法裁判所はジェノサイドの責任を疑っている。……引退して権力がなくなってしまえば、彼のファミリービジネスの実態が暴かれることに対して無防備になってしまうだろう。いったい、どうやったら軍人がこんなに金持ちになれるのかといわれるに決まっている」

 「ミャンマーのクーデター……」を読んでいただいた方には分かっていただけたと思うが、スーチーの時代になってからも、軍政時代につくられた2008年憲法によって、軍人たちが政権からは遠ざかっても、軍事においても議会においても特権が維持され、しかも、議員の4分の3以上の支持がなければ改憲できない仕組みとなっている。この制度的な特権を利用して、エリート軍人たちは個人的資産を蓄えてきたのである。

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また、国際司法裁判所の話が出てくるが、フライン総司令官はイスラム教徒の少数民族ロヒンギャ大量虐殺の疑惑があり、要職から退けば国際司法裁判所の審理が始まるのは必至といわれている。多くの問題を抱えながらスーチーの政党が、昨年の選挙で圧倒的な勝利を収めたことに加えて、この裁判の存在も、フラインがもはや自分の特権は危殆に瀕していると思った理由だというわけである。

 では、軍を従えるフラインがクーデター以外に何らかの手を打たなかったのかといえば、もちろん打ったとザ・タイムズの記事は書いている。「フラインは2つの方法で窮地を抜け出そうとした。ひとつが、昨年の選挙に大きな不正があったと唱えることでスーチーを牽制すること。もうひとつが、事実上の元首であるスーチー国家顧問と裏取引をしようとしたことである」。では、この2つは効果があったのだろうか。

 「複数の外交官の話によると、スーチーはフラインに対して副大統領の地位を提示したという。しかし、彼はそれを拒否した(ミャンマーではナンバー2の地位である大統領を望んでいたのだと思われる:東谷)。そのころから、フラインは権力を与えられないのなら、自分で強奪するしかないと思い始めた」

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フライン総司令官とスーチー国家顧問:The Timesより


こうした、フラインの野望によるクーデターの原因探究は分かりやすいが、心理が決め手であるから想像の世界に属しているのが何とももどかしい。そしてまた、心理的にいかに強く望んだとしても、その緒条件をフラインだけで整えることはできなかった。その点は「ミャンマーのクーデター……」を読んでいただきたい。ともかく、このリポートの締めくくりの部分を引用しておこう。

 「フラインは自分の党(軍人でつくった政党USDP)についての評価を誤ったものの(選挙でもっと支持されると思っていたということか:東谷)、彼に会った人の話では気性が激しいが、必要とあれば、見え見えの社交辞令も口にできる人物だという。これから彼は、野望というよりは恐怖によって断行したクーデターについて、国際社会の批判に対して、できるかぎりの品位を発揮する必要がある」

 

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