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東谷暁による「事件」に対する解釈論

インフレが世界の株価を急襲;デフレの日本でなぜ下落するのか?

日米の株価が乱高下していたが、ここにきて明かな中期下落傾向がみられるようになってきた。日本の株価がアメリカの株価に追随することを考えれば、やはり、まずアメリカの株価に注目すべきだろう。アメリカでは経済の回復が予想されるようになったことから、長期国債の利回りが急上昇し、また、同時にインフレ傾向が出てきたことから、コロナ相場の終わりが予感されているのである。

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いちばん単純な株価下落の予想の根拠は、インフレの予兆が見えることでFRB金利を上げることになり、資金が急速に枯渇して、金融資産が株式から債券に移る流れが不可避となるというものだ。しかし、この予想に対してはFRBが「インフレの予兆はまるでない」と打ち消し、また、そもそも2%インフレターゲット政策を取っていることから、この天井を超えればFRB政策金利を下げるだろうとの見方は根強い。

 インフレについては、コモディティ市場が急上昇していることも大きいが、アメリカの場合には食品の一部に上昇の傾向がみられ、しかも、金融市場の動向から算出するインフレ期待が1月に2%に到達した。ヨーロッパもインフレの傾向がみられるとされるが、これはドイツが付加価値税(日本の消費税にあたる)をコロナ対策の一環として一時停止したためのリアクションが大きいといわれる。

 日本の場合、インフレ期待がコロナ禍のなかでやや上昇の傾向がみられるが、あいかわらずデフレ基調にずり落ちたままで、日本の株価下落はアメリカでのインフレ→政策金利上昇→流動性低下+債券への移行という流れは生まれようがない。その多くは、いよいよアメリカの株価が下がりそうだという予想と、やはり今の株価は高すぎるという株高感が大きいと思われる。

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では、たとえば、アメリカのFRBがインフレ期待2%から現実にインフレ上昇傾向が定着していくことを是認した場合にはどうだろうか。3%、4%といったインフレを一時的には認めて口先介入を含めて、まったく介入しないようになったらどうかということだ。実は、米経済紙ウォールストリート・ジャーナルなどにはこうした論調が登場しており、コロナ禍から脱出する局面では一時的なインフレ上昇を是認すべきだという声は少なくないようである。そうなれば、先ほどの単純な株価下落予想は生まれないことになる。

 これは株式市場の投資家たちの「願望」を反映したものといえ、何かの動きがあるたびにFRBがインフレに神経質になる傾向には、投資家たちは批判的であり、これはMMT理論家たちのように「40%のインフレでも資本主義はもつ」と考えているわけではないにしても、金融市場および金融理論においても常にある考え方なのである。

 たとえば、政治的には民主党左派である経済学者ポール・クルーグマンなどは、インフレよりは経済成長を重視すべきだという姿勢はかわっていない。1990年に書いた『期待逓減の時代』では、当時、インフレファイターとして英雄視されたポール・ボルカーFRB議長の金融政策を批判して、ボルカーはインフレを数%下落させることでアメリカの経済成長をその恩恵以上に下落させてしまったと述べている。

これはひとつの経済の観方であって、いまはデフレがひたすら攻撃されているのも、また、インフレが希求される傾向があるのも、実は、かなりの部分が政治的な選択であるといえる。そして、言うまでもなくバイデン政権の200兆円にもおよぶ財政政策は、インフレを生み出さないと思うほうが不自然である。

 金融市場における利回り追求についての理由は、最近、ロバート・シラーを中心とするグループがなぜ株価が上昇を続けているか考察した論文のなかで述べている。簡単にいえば、「株価はすでに十分に高いが、債券の利回りと比べれば、ずっと有利な投資だから」ということだった。政策金利をゼロに固定することで、長期金利もまた低いままにとどまり、そのことで株式が投資対象としてはるかに優良になってしまうのである。 

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しかし、いまやこの債券の利回りも上がってしまっているが、その点、どうなのだろうか。シラーたちは何もコメントしていない。ざっと計算してみれば、いまのところ長期金利が上がったといっても、まだまだ株式のほうが有利だからということができる。しかし、この条件も、もし、金利上昇が起これば逆転もしくはポートフォリオ上資金移動が正当化される領域に入る可能性があるといえるだろう。

 そして、本質的にインフレが予想されているのは、実物経済におけるインフレが群発的に生まれているからだ。これはいまの日本に住んでいるとピンとこないが、需要が供給を上回る状態は、コロナ禍から脱出するにつれて生じていくのが当然である。日本は食品を含めて安い価格で手に入れられる状態が続いている。しかし、それは例外になりつつある。

 「コロナ禍から脱出」などというと、「何をいっているんだ、日本はまだワクチン接種すらも進んでいないじゃないか」と憤慨する人がいるが、経済活動というものは将来を先取りする勝負である。そのため、たとえそれが間違っているとしても、思わぬ先回りの傾向が生まれ、また、それを肯定する政策が打ち出されることがある。思わぬ事態が生じることを忘れないほうがいいかもしれない。