HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

米国経済は33.1%の急伸だそうだ;その内実をよく見てみよう

数日前、ネットでニュースを見ていたら、トヨタが生産過去最高とあったので、見間違いではないかと思ったほどだった。このコロナ禍のなかで、そんなことが起こりうるのだろうか。よく読んでみると、9月の生産が前年同月比で11.7%増で、限定付きではあるが、多少、明るい気持ちになった。

f:id:HatsugenToday:20201030141238p:plain
その次の日だったと思うが、今度はアメリカの経済成長率が33.1%増というニュースを目にした。7月~9月期、つまり、第3四半期のGDP伸び率が前期比7.4%、年率換算が33.1%ということだと分かった。実は、トヨタ(そしてホンダ)などの自動車メーカーが好調なのは、アメリカと中国(年率換算4.9%)の経済回復のお陰で輸出がの伸びているからなのである。ただし、その内実について注意が必要かもしれない。

 アメリカについて見てみよう。ウォールストリートジャーナル10月29日付は、「アメリカ経済、第3四半期は驚異の記録的回復」と見出しをつけて、見た目には派手だった。しかし、同紙は前期比7.4%で年率換算が33.1%と報じると同時に、第2段落目では、今年は最終的に前年より3.5%マイナスになるだろうとの見通しも付け加えている。

 さらに、ウェルズ・ファーゴ保険会社のエコノミスト、ティム・クィンランの「今期は経済再開のきっかけをつかんだという感じ。ただし、経済がすばらしく良くなったという明快なシグナルではない」という言葉を引用している。それだけではない、ウォールストリート紙のこの記事は、GDPの報道について、年率で報道して論じることについて、疑問を呈しているのである。

 「経済生産についてはコロナ・パンデミックが極端な上下を生み出している。厳しい落ち込みの後には急激なリバウンドがついてくる。年率換算で見るのは錯覚を生み出すかもしれない。第2四半期や第3四半期がまるまる1年間続くと見ている人間は、実は、どこにもいないのだ」

f:id:HatsugenToday:20201030141318p:plain

wsj.comより


これは経済紙ではないが、ワシントン・ポスト10月29日付の記事も「アメリカ経済は7月から9月にかけて7.4%成長した。しかし、データは複雑だ」という、ややっこしいタイトルを付けている。経済成長の概要を示した後で「これは経済が完全に治癒したことを意味しているのではない。また、このペースで経済が今年の最後まで維持されるというわけではない」などと付け加えている。

興味深いのは、ワシントンポストも同じように、年率換算が与える印象については懐疑的になっているようで、「年率換算は多年比較には有効だが、あくまで同じペースが1年続くというのが前提」だから、不安定だと述べている。そして同紙は、第2四半期で年率換算31.4%下落したときとは異なり、前期比のマイナス9.0%という数値を使っている。これはトランプ大統領の再選に反対しているメディアだからと考えられないこともないが、まともな感覚で経済の動向を認識しようとすれば、数字に振り回されることには注意深くなるほうが正解だろう。

 ここでいちおう、ワシントンポストが報じている、アメリカ経済の第3四半期の内容を確認しておこう。目立っているのは新しい住宅への投資が急伸したこと。健康産業が約17%のジャンプをしているというのは当然だろう。新車の売上が17%上昇。家具および調度品が12.5%アップ。さらに、衣類と履物が「スカイロケット」的に27.2%も急上昇をとげた。

 ついでに、前出のウォールストリート紙が掲げている、目立つ分野の売上増加率も見ておこう。ハウジング関連はブーム状態で59.3%もの上昇をとげている。これはいうまでもなく、住宅ローン金利が低いことと大きな家を求める需要があるからだという。耐久財の伸び率も大きく、何と82.2%もの上昇を示している。

 さて、そのいっぽうで金融市場については、10月28日のウォールストリート紙は「バイデン勝利と大型刺激策にかけるアメリカの投資家たち」という記事を掲載している。なんのことはない、おそらくバイデンが勝つだろうが、そうなっても大型経済政策を打ち出すに決まっているから、金融市場はまだ当分は大丈夫だと、アメリカの投資家たちは考えているというものである。

 結局、第3四半期のアメリカ経済というのは、たしかに復活の兆しを見せているが、それは第2四半期の反動という側面が大きい。しかも、株式に代表される金融市場や住宅関連に典型的なように、低い金利を背景とした投機的なものが大きく、耐久財や家具・衣類などの急上昇も、第2期での買い控えのリバウンドだと見てよいようである。

f:id:HatsugenToday:20201030141430p:plain

経済誌ジ・エコノミスト10月29日号に掲載されている「悪質なGDP GDPの数値はパンデミック以後の経済を語るときもあれば語らないときもある」という、いかにも意味ありげな小記事は、ウォールストリート紙やワシントンポスト紙と、ほぼ同じことを述べている。アメリカや日本のように、前期との違いを年率換算で表してしまうと、経済のスイングぶりは表現できても、本当に何が起こっているのかは分かりにくくなるというわけである。

 同誌が指摘するのは、こうした数字上の激しい動きよりも、ポスト・コロナ経済でもっと注目しなければならないのは、「ヒステリシス」つまり「履歴現象」だという。いま起こっている経済上の支障や行われている政策が、一種の「傷」となってあとあとまで回復の邪魔になってしまわないかというわけである。「統計的指標というのは完全ではない。GDPなどは、単なるその国の経済の健全性の代替的なものにすぎない」。

 これまで何度も繰り返されてきたが、金融と実体との分離はアメリカだけでなく日本でも激しい。株式や債券や住宅に投資が集中したことによって生じた、2008年の金融危機は、まだ12年前のことである。日本においても、株価が急上昇したからといって、そこで暮らしている人たちが豊かになるとは限らないのは、アベノミクスとかいう経済政策で、もう十分に味わったはずである。ましてや、コロナ禍のさなかに、見かけだけの数字が踊っているのは危険きわまりない。