HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ポスト・トランプの憂鬱;バイデンは本当に「修繕」ができるか

いまもトランプ大統領は、いわゆる「敗北宣言」をしていないが、すでにアメリカ国内だけでなく、世界の首脳たちもバイデンを次期大統領として、祝辞を送り始めている。いかに奇策を弄しようとも、トランプの再選を信じるのは、アメリカ国内の狂信的な支持者と、日本あたりの奇妙に屈折したトランプ・ファンだけである。

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こうなれば、気になるのが「ポスト・トランプ」の行方だろう。具体的に考えればバイデン政権の方向性ということになるが、この2つは同じように見えて、微妙に異なっている。しかし、それはこの投稿の最後に確認していただくことにして、迂回することになるが、まず、トランプとは何だったのかから考えてみよう。

 トランプが大統領に就任した2017年、『フォーリンアフェアーズ』同年3月/4月号に、バード大学教授で外交評論家のウォルター・ミードが寄せた「ジャクソニアンの反逆」が注目を集めた。ミードはこの論文でトランプ政権は第7代大統領アンドリュー・ジャクソンの志向に近い「ジャクソニアン」としての性格を持っていると指摘していた。

 ジャクソン大統領は米政治史の中でも異彩を放つ人物で、ペンシルベニア州スコットランド系移民の家に生まれ、10歳代で独立戦争にも参加し、「独立戦争に参加した最後の大統領」としても知られる。その後、靴職人、学校教師などを経たが、法律を独学してノースカロライナ州の辺境地で法務官として活躍する。

 やがて、下院議員や上院議員に当選したが、テネシー州の市民軍指揮官としてインディアンを掃討するなどして支持者を集め、1824年に大統領に当選し2期を務めた。支持基盤としては、それまでの大統領が独立当時の13州だったのに対し、ジャクソンはむしろ開拓途上の辺境地に強かったといわれる。こうした政治における異質性に加えて、私生活でも変わっていた。たとえば、夫のいる女性と無理やり結婚し、その妻が大統領在任中に亡くなると、姪を呼んでファーストレディとするなど、女性をめぐる話題も豊富だった。

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もちろん、ミードがトランプをジャクソニアンと呼ぶのは、必ずしも女性関係が乱脈をきわめていたからではなく、アメリカの中央政権の「類型」のひとつとしてのことだ。すでにミードは2012年の『スペシャル・プロヴィデンス』を刊行して、外交政策を中心に政権の類型を4つに分類していた。

 ハミルトニアンというのは初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンが構想していた外交および政治を志向する人たちで、積極的に外国との連携を図ってアメリカの国益を維持しようとする。ウィルソニアンは第28代大統領ウッドロウ・ウイルソンの理想主義にもとづく外交を志向する。ジェファーソニアンは第3代大統領トーマス・ジェファーソンのように現実主義的で世界情勢への関与を避ける傾向が強い。そして、ジャクソニアンがポピュリズムナショナリズムを背景に、自国の利益を追求する政治家ということになる。

 トランプが大統領に就任するさい「アメリカ・ファースト」を唱えたので、「アメリカは孤立主義に向かう」とか「またモンロー主義に回帰しようとしている」と論じる人が多かったが、これらはアメリカの「孤立主義」や「モンロー主義」を誤解している。たとえば、1920年代のアメリカ外交は「アイソレーショニズム」といわれるが、アメリカはヨーロッパに対しては経済的に介入したし、東アジアにも政治的牽制を続けた。「モンロー・ドクトリン」とは第5代大統領ジェームズ・モンローが唱えたが、その主旨は南北アメリカからヨーロッパの干渉を排除することで、アメリカはモンロー主義の名のもとに中南米への帝国主義的な介入を続けた。

 すこし解説が長くなったが、先のミードの論文に戻ると、トランプ政権は次のような性格をもっているジャクソン政権と近いと述べていた。「ジャクソニアンは、アメリカ政府の役割を、国内においては治安の維持と経済的な繁栄をはかることだと信じている。そしてそれは、アメリカを特徴づける個人の自由には可能な限り干渉しないで実現しようとする」。

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The Economistより:バイデンは都市部で票をかせい


 「ジャクソニアン・ポピュリズムは、外交には断続的にかかわろうとするが、それは政治一般についても断続的な関与をしようとするのと同じである。選挙の周期によってその強さと流れの配分が変わるが、それらは国内問題に焦点が合わせられている」「ジャクソニアンは国内の反発を生み出しやすいが、その反発はエリートの陰謀集団や異なる背景をもつ移民などからのものだと彼らは認識している」。「武器を携帯する権利が、ジャクソニアンの政治文化のなかでは、独特で神聖なものとされている」。

 こうしたジャクソニアンとトランポニアンの特徴の近似性は、かなり当たっていたといえるだろう。もちろん、ミードはすでにトランプの主張も、その支持者の言動も見てのことだったから、こうした性格を描写するのは難しくなかったかもしれないが、アメリカ政治の水脈のひとつに遡ることで、現象を明確にアメリカ史に位置付けたことは確かだ。

 こうした過去の水脈と現在の問題から生まれてきたトランプ政権の後に、バイデンはどのような政治的姿勢で臨もうとしているのだろうか。経済政策については「米国では来年からバイデノミクスだそうだ;せこくて優柔不断な大統領の経済学」で触れているので、ここではもっと大枠の政治姿勢から見てみよう。

 バイデン次期大統領は、すでに『フォーリンアフェアーズ』2020年3月/4月号に「なぜアメリカが再びリードすべきなのか:トランプ以後の米国外交を救出する」を寄稿している。もちろん、この種の文書にはタテマエとホンネが混在するが、いちおう、姿勢としてはホンネを述べていると受け止めることにする。

 この論文から立ち上がってくるのは、トランプが破壊してしまった外交や国際制度、同盟国との友好関係、潜在的な敵対国家に対する拙劣な対応などを、どのように「救出」あるいは「修繕」するかという問題意識である。それも当然だろう。もちろん、外交はパワーが必要であり、また、ディールも不可欠だが、その前提となるルールや制度が欠落していると、長期的な維持が難しくなるし、さらに、コストが高くつくことになる。

 さて、この論文の冒頭近くでバイデンの言葉を見てみよう。「アメリカが注意深く建設してきた国際システムが、その結び目からバラバラになりつつある。トランプと世界中の破壊者たちが、そうした結びつきを、自分たちの個人的かつ政治的な利益に供してきたからだ」。では、バイデンはどうすべきだというのか。

 「まず第一に、我々と共にある民主主義国家の同盟を強化すると同時に、我々自身の民主主義を修復し、そして、活力あるものにしなければならない。アメリカ合衆国が世界を進歩させる勢力を生み出し、多くの国を動かす力を得るには、まず国内で(at home)そうしなければならないからだ」

 こう述べた後に出てくる具体例というのが、トランプの過酷な難民政策を終わらせることや、拷問禁止の再強化といった人権問題であり、香港、スーダン、チリ、レバノンでの事件が指摘される。しかし、そうした政策とならんで目を引くのが「民主主義のサミット」構想だろう。「私の大統領としての最初の年に、アメリカ合衆国はグレート・サミット・オブ・デモクラシーを組織し、そして、ホスト国を務める。それは自由世界の諸国の精神を新たにし、目的を共有するためのものである」。

 「第二に、私の政府はアメリカ国民をして、世界経済において成功をおさめさせることになるだろう。それは、ミドル・クラスのための政策を行うことによってもたらされる。未来においても中国および他国に競争で勝つために、アメリカ合衆国は技術革新を加速し、世界中のデモクラシー勢力の経済力を高める。それには、いかがわしい経済運営に対抗し、不平等を緩和することが必要なのだ」

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このミドル・クラスの再生を目的とする経済外交政策には、ブロードバンドの整備、高速道路の拡大、電力の送電網拡大、スマート・シティの建設といったインフラ政策が含まれるが、さらに教育にたいする巨額の投資が必要だという。意識しているのは中国に負けないイノベーション力なのだが、それにはアメリカ国内のミドル・クラスを立て直すことが必要であり、インフラと教育の強化が不可欠だというわけである。

 こうした中心的テーマ以外にも、北朝鮮との非核化の交渉継続やロシアへの対応が登場するものの、中心となっているのは、トランプによって破壊された国際社会の再構築のように見える。そして、注意深く読めば仮想敵は中国、ロシア、北朝鮮といってよいだろう。「バイデン(私)の外交の中心は、アメリカ合衆国を会談のテーブルの座長に復活させ、世界の脅威に対して同盟国や友好国と共に集団的な行動をとれるようにすることなのだ」。

 国際制度を通じて世界の平和を実現する、あるいはアメリカの意図を反映させるというのは、民主党系の国際政治学者および政治家に顕著な傾向だが、バイデンもまた国際制度をどう使うかに心血を注いでいる。また、「自由世界」とか「民主主義勢力」「民主主義サミット」などの言葉が出てくるので、読みようによっては、あたかも冷戦時代が戻ってきたような錯覚に陥るが、アメリカが先進国を束ねて本気で中国やロシアと対抗するとすれば、新しい冷戦時代になったと受け止めても、けっして間違っていないかもしれない。

 ただし、当面はアメリカ国内のトランプの置き土産である「分断」の修復であり、また、事実上の「勝利宣言」で述べたように、「コロナ対策」が当面の課題となる。この論文はまだコロナがここまで猛威を振るうことが分からなかった時点でのものだから、次のように述べているのは、むしろ予感が的中したといってもよいのかもしれない。

 「私が語っているのは野心的な目標であり、アメリカ合衆国のリーダーシップなしでは何者にも達成できない。しかし、我々はいま、我々の社会の裂け目に付け込んで、我々の民主主義を掘り崩し、諸国の同盟を破壊し、そして正しいことを決断する国際システムの後退をもたらそうとする敵と直面している。そしてその敵は、外にもいれば内にもいるのである」

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バイデンはこの論文では触れていないが、実は、もっとやっかいな敵が歴史のなかに潜んでいる。先ほどのミード論文を思い出せば、たとえバイデン次期大統領がトランプ政権の負の遺産を処理し、新型コロナの猛威を切り抜けたとしても、アメリカ社会の深い地層に流れる「ジャクソニアンの反逆」がもたらす、混乱と挑戦がまだ残っている。それはトランプがホワイト・ハウスから去っても、いまもアメリカ社会の核心に居座っているのだ。

 ジャクソニアン・デモクラシーによる古きアメリカへの挑戦は、それまでできかかっていたエスタブリッシュメントに対する異議申し立てであり、また、ポピュリズムによる原点回帰の運動として、むしろアメリカを強化したとの説もある。では、今回の「トランポニアンの反逆」も、一過性の「はしか」のようなものだったのだろうか。一回罹患すれば、以降はさらなる繁栄を続けるのだろうか。

どうも、そうではないのではないか。それは、アメリカの歴史と社会に根ざした転換期の重い症状ではないのかというのが、ミードなどが憂慮する事態だろう。それどころか、もっと深刻で、多文化を抱え込んだ巨大帝国に必ずやってくる、衰退の時代の予兆ということもありえるのではないのか。いずれにせよ、最高齢のアメリカ大統領が引き受けるには、修繕するのがかなり困難な大きな裂け目であることは間違いない。