HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

米国は来年からバイデノミクスだそうだ;せこくて優柔不断な大統領の経済学

アメリカ経済は来年からは「バイデノミクス」になるそうだ。このままトランプ大統領が大統領選挙の討論会で暴走を続ければ、それほど忍耐強くなく、際立った魅力にもかけた、息子の疑惑問題に明快に答えられない、地味な大統領候補バイデンが当選することになるからだ。それは驚異的な40%をキープしている、奇妙なアメリカのトランプ支持者以外には朗報だろう。しかし、彼の経済政策は朗報だろうか。

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すでに英経済誌ジ・エコノミスト10月3日号は「バイデノミクス」を特集して、バイデン政権のアメリカが、どのような経済政策を推進するかを予想している。それは、ひとことでいって地味なものだ。もちろん、いまのパンデミックから立ち直るための回復経済を試みるだろう。また、トランプ時代の激しいアメリカ中心主義を抑制するだろう。コロナ対策はもう少し合理性を帯びるだろう。

しかし、そのいっぽう、トランポノミクスの野放図な金融緩和と財政支出は後退する。無理やり国内に雇用をつくるといった労働者向けのポーズはなくなる。そして、かなりの効果をみた法螺話による景気を煽る演説は消える。しかも、米民主党の左派が掲げているようなグリーン・ディールなどは拒否し、オバマケアの維持は図るが拡大はなく、コロナからの回復のための増税も行われることが見込まれる。

 バイデンの国内経済における姿勢は、ジ・エコノミストの見るところ次のようなものだ。「バイデンの本能は、企業を保護することだけで、競争を加速するような発言をまるでしたことがない。それは、ハイテク産業の独占をやめさせる価格自由化もないことでもわかる」。ひとことでいって、バイデノミクスには大胆さが欠落しているのだ。「ジョー・バイデン氏はアメリカ経済について、もっと果断になり野心をもって臨むべきだ」。

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こうした大胆さのなさは、当然のことながら海外経済に対する姿勢にも表れる。バイデンは自由貿易論者としてふるまってきたが、関税の撤廃をすぐに推進することはなく、また、「商品はアメリカの船で運ばれるべき」との発言に見られるように「せこい」保護主義に拘泥する可能性もある。こうした性格はこれからの国際経済政策に不安を抱かせている。はたして、バイデンは、同盟国との保護貿主義の色彩を帯びた通商関係を引きずりながら、中国との貿易の枠組みを修復できるのだろうか、というのがジ・エコノミストの懸念である。

日本にとってまず気になるのは、トランプに押し付けられて無理やり結ばされた「日米貿易協定」だが、安倍前首相によれば「自動車関税はこれからの交渉で撤廃される」ことになっていた。それはアメリカから日本へ輸出される、農産物の関税撤廃を強制されての「見返り」として、いずれ実現するものとなっていた。最初から分かっていたことだが、そんなことはアメリカは認めていなかったし、少なくともバイデン政権で実現することなどありえない。しかし、その反面、困難を承知で新しい厳しい追加要求を押し付けることもないかもしれない。

その意味では、この「せこい」「保護主義」に拘泥し「大胆さに欠ける」アメリカの新大統領が、日本との交渉において新しい局面を開こうとしないのは、ある意味で好ましいかもしれない。しかし、あまり注目されなかったが、バイデンはTPPに復帰する方針をすでに打ち出しており、おそらく今は見るべき内容のない経済政策のなかに、トランプの直接的で暴力的な二国間自由貿易協定戦略の代わりに、TPPに代表される制度的だが狡猾な多国間貿易協定戦略が入ってくることになるだろう。

根っから自由貿易の賛美者であるジ・エコノミストは、こうした多国間貿易協定を含めて、もっと大胆に推進するバイデン大統領を求めているようである。「もし彼がアメリカの経済をリニューアルして、来るべき数十年にわたって先進国をリードしたければ、もっと大胆になることが欠かせない」というわけだ。

しかし、バイデンは「大胆」になる資質に欠いていることを認めながら、そんなことを言うのは矛盾も甚だしいだろう。また、目の前の最大の試練はコロナ・パンデミックの蔓延であり、それに対してはアメリカは最劣等生であることを忘れてはならない。これははたして、トランプだから生じた事態なのだろうか。そうではない、それはバイデン時代のアメリカでも継続するものが多いのだ。

そして、このパンデミックの解決があるとすれば、こんどはパンデミックゆえに生じた資産バブル(株価だけでなく住宅価格も高騰している)を、どのようにソフトランディングさせるかが問われることになる。いずれにせよ、それは「大胆さを欠く」だけでなく「せこい」大統領に可能なのだろうか。どうもこの記事にかんしていえば、現実主義的でシニックですらあるジ・エコノミストにしては、現実認識と理想願望がはなはだしく乖離しているように思える。

 

【付記】10月に投稿した記事ですが、とりあえず「バイデノミクス」の概要を推測するために、参考になると考え再掲載するものです。