HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

米国は5%のインフレで政策を変えるか?;もう少し先まで行くと思いますが

アメリカの労働省が発表した5月のインフレ率は5%に達し、予想されたこととはいえ、現実となるとやはり衝撃は大きい。もちろん、政府やFRBは「一過性」だという見解を変えていないが、たとえば、民主党政権に批判的に振る舞うウォールストリート紙6月10日付の社説は、「政府製のインフレ急伸」というタイトルを掲げてかなり煽っている。

f:id:HatsugenToday:20210612153914p:plain


 「アメリカ国民よ、うろたえることはない。FRBはインフレなど『一過性』のものだといっているし、このインフレ急伸がコントロールできなくなっても、ちゃんと対策に使える道具をもっていると胸をはっている。そうであることを祈ろうではないか」

 もちろん、これは反語的な表現であって、ちょっと今回はキツイのじゃないかといいたいわけである。6兆ドルもの景気刺激策がインフレを生み出さないと考えるほうが不自然で、問題はそれが「一過性」なのか、「定着してしまう」のかというところにあった。政府とFRBは「一過性」といい、元財務長官のラリー・サマーズは「そもそも支出が過大で弊害が大きい」と述べ、民主党左派の経済学者ポール・クルーグマンなどは「一過性」だけど、いまの刺激策が効かなくなってからが難しいと述べていた。

 単純計算で考えても、景気刺激策の政府支出がすべて需要に回ったとして、アメリカのGDPは22兆ドルほどあるのだから、10%弱の押し上げがあり、去年がマイナス5%だったから、今年のインフレ率が5%というのは、まあ、規定量に達したと見てもいいわけである(すごくファジーな計算だけど)。とはいえ、同紙が並べたてているデータは興味深いので、ご参考までに列記しておこう。

まず、食料やエネルギーを除いたコアCPIは前年比で3.8%上昇した。これなど今も2.0%を達成できない日銀に少しわけて欲しいくらいだ。また、中古車は29.7%、航空運賃も24.1%もの上昇を示している。これらは(この社説にはないが)急速な経済回復に対して自動車の生産が追い付かず、また、航空業の回復が遅れているのでこうなるのだという説明があるが、すさまじい上昇であることは確かである。

f:id:HatsugenToday:20210612154226p:plain

wsj.comより:さすがに、これほどの急伸は珍しい


また、装飾品が14.7%、自転車が10.1%、履物が10.1%とかなり高く、石油、銅、木材といった生産原料が急伸していることは、すでに問題になっている。とくに、パンデミック以前からバブルが指摘されていた住宅は、木材が高騰しているために新築住宅の価格が平均して3万6000ドル(約400万円)高くなっているという。

こうした物価上昇は、同紙にいわせれば、すべてバイデン政権がもたらしたものであり、同政権の大判振る舞いで10%成長をしているさなかに、FRB金利をゼロ近辺にしているのはどうかしているのである。すでに、パンデミックでの消費の低下や政府の給付金のお陰で4月の個人貯蓄率は14.9%とパンデミックの2倍にも達している。これが本格的に動き出せば、さらにインフレは昂進するだろうというわけだ。

こまったことに、FRBなどはコロナ禍の最中に債券購入を断行し、発行された国債の半分以上を貨幣化(マネタイズ)しており、ジャンク債利回りは歴史的な低さになっていて、企業が特別買収目的会社を通じて数億ドルを調達するといった、さらなるバブル的な傾向を加速している。

とはいえ、同紙はバイデン政権への批判として述べていることのかなりの部分は、すでにトランプ政権がその下地を作ったものが多いことを無視している。それどころかトランポノミクスは、パンデミック以前からバブル的な傾向を呈していたことを忘れてしまったかのようである。いまのアメリカ経済のバブル的傾向は、トランプ前大統領とバイデン現大統領の2代にわたる「成果」といってよい。

f:id:HatsugenToday:20210505142812p:plain

財務長官イエレンとFRB議長パウエル


 「いま起こりうるビッグ・リスクは、FRBが政治的に負債をマネタイズし続けることに甘んじて、手遅れになる前にブレーキをかけようとしなくなることだ。FRBの理事たちはハト派タカ派もそれは否定しているが、問題は彼らが実際にどうするかだ」

共和党に近い同紙からすれば、バイデン政権がこのまま突っ走ってさらに財政赤字を積み上げ、バブル経済を加速することを警戒しているというスタンスだが、すでに述べたようにトランプなどはパンデミック以前から煽り続けてきたのだ。民主党左派からすれば、5%くらいのインフレで財政支出をやめたり、ゼロの金利を上げたりされては、せっかくの大統領選挙での勝利が、水の泡になってしまうと思っているだろう。

では、この5%は警戒すべきなのか、まだまだ緩和政策は続けるべきなのか。もちろん、それはアメリカ政府とFRBが決めることである。しかし、わたしとしては、巨大な財政支出とゼロ金利の組み合わせが、いったいどこまで行けるのか、その限界を見極めるためにも、もう少し先まで行ってほしい。

 

f:id:HatsugenToday:20210612170137j:plain

kahnacademy.orgより:1970年代は乱高下の時代だった


もっと言えば、日本の参考にもなるので、ぜひそうしてほしい。5%というのはインフレに苦しんだ1970年代の平均8%(14%に達した年もある)よりは低く、インフレ抑制策を行った1980年代の5%程度のレベルである(前半は10%を超えた年もあった)。いまの5%が「一過性」でなくなっても、バイデン政権はさらなる財政支出をするのか、FRB金利をゼロ近傍にとどめるのか。

 わたしの今の勝手な予測では、7~8%くらいのインフレが生じたら、FRBは「2023年まで金利はゼロ」という自らの宣言を裏切るだろう。もちろん、「パウエルは嘘をついた」といわれるだろうが、FRB議長はこの種の嘘は罪にならない。「政治的」にも継続的に7~8%のインフレは政権の危機を呼ぶ可能性があるし、また馬鹿なFRB議長と呼ばれたくない矜持もあるだろう。そうなれば、1970年代から1980年代における経験が生きてくる。