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東谷暁による「事件」に対する解釈論

米国のインフレがとまらない;なぜ上昇するのか、そしてなぜ日本はデフレなのか

アメリカのインフレがとまらない。最新の発表では消費物価は前月比で6.8%の上昇を見せている。この傾向が続けば、中央銀行にあたるFRB政策金利を引き上げることは確実で、なかにはこの数値が間違っているのではないかと言い出す人もいる。しかし、どうやらこのデータは正しいようだ。

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まず、数値についてフィナンシャル・タイムズ紙12月11日付にしたがって紹介しておこう。もちろん、他のメディアでもいいのだが、簡単な解説もついているので、ざっとみておくことにする。アメリカの労働統計局が発表した数値は6.8%、1982年以来の高い数値だという。もちろん、これは年率にしたときで、10月と11月を比べたとき0.8%の上昇で、年率にすると6.8%になるというわけだ。

「労働統計局によれば『物価バスケットに入れられた項目の広範囲にわたって』上昇が見られる。たとえば、ガソリン、住宅費、食料、中古車と新車などの価格上昇が、この上昇に大きく貢献している」

エネルギー価格は10月から11月にかけて3.5%の上昇をみせ、ガソリンは6.1%のジャンプ。これは年率にすると、それぞれ33%、58%の上昇ということになる。食品の価格は少しだけ上昇が穏やかになって0.7%で、0.9%から低下。また、外食は0.6%の上昇でこれも10月での数値0・8%からは低下している。

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それでも、エネルギーと生鮮食料品を除外した物価上昇率コアCPIは、10月から11月にかけて0.5%上昇していおり、年率に換算すると4.9%に相当し、前月のデータ4.6%から上昇していることは注目しておくべきだろう。

注意が必要なのは、住宅価格が急伸してもそのまま反映されにくい住宅関連であり、それは消費者物価には3分の1しか反映されない。10月から11月の変化は0.5%の上昇、住宅賃貸料は0.4%、年率3.5%の上昇ということになる。しかし、ホテル料金などは1カ月の上昇率が3.2%であり年率に換算すれば26%もの急伸である。

こうした物価上昇の原因は、いうまでもなくエネルギー価格の上昇、コロナ禍によるサプライチェーンの停滞だが、コアCPIを見ても分かるように、けっしてそれだけではなく、バイデン政権の大胆な財政出動が関係している。フィナンシャル・タイムズ紙は次のように憂慮している。

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FT.comより:1982年ぶりのインフレ高水準


ホワイトハウスは1.75兆ドルの社会保障費を今月中に議会を通過させようとしているが、これはインフレを回避したい政権にとって大きなリスクとなるだろう。すでに先月にもバイデン政権は、インフラ増強のための1.2兆ドルの予算を通過させたが、これはかなりの減額をしてのことだった」

こうしたエネルギー価格急騰、サプライチェーン機能後退による上昇は、最新のデータでは少しばかり低下しているが、財政拡大へのバイデン政権の意欲はまだ継続している。そもそも、大統領選挙での勝利のための約束だったのだから、簡単には引き下げられない。さらにもうひとつ、これまで使われてきたインフレ予測のモデルが、いまの状況のなかでは誤差が大きくなっているという説もある。

ウォールストリート紙12月8日付は、「4月のエコノミスト予想では、現在のインフレは2.5%前後になるはずだったが、実際には6%を超えてしまっている。これは経済予想というものの性格について理解があったとしても、あまりに大きな誤算だ」と指摘している。つまり、バイデン政権も、ここまでインフレが上昇するとは見込んでなかったということである。

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The Economistより;悲観値と楽観値だが、少し悲観しておくべきか


では、これからどうなるのか。英経済誌ジ・エコノミスト12月11日号はグラフを提示して(上図)、もっとも楽観的に見た場合と、もっとも悲観的に見た場合のインフレ予想を提示している。「これは極端な場合を想定している」から、その点、値引きして見てくれと同誌は述べているが、いまのインフレ基調はすくなくともFRBが利上げするまでの来年5月までは続くという説もあり、一応、悲観的バイアスのほうが妥当だと思われる。

しかし、こうした世界的なインフレ傾向(たとえば、ドイツは5.2%のインフレ率である)のなかで、日本だけはデフレ傾向を見せているのは何故だろうか。理由はこれまでも多く提示されてきた。マネーストックが足りないから、財政支出がまだ少ないから、低金利を続けているから、日本人には安くないと買わない心理が根付いた、そもそも収入が減っているから、などなど。いちどここらで、出発点に戻ってみるのも悪くないかもしれない。

マネーストック説は、インフレターゲット政策が有効ではなかったことからあまり取り上げられなくなっている。財政支出はMMT信奉者たち、クルーグマンのファン、ブランシャールのエピゴーネンが盛んに唱えてきたが、こんどの岸田政権の急激な財政支出拡大がどうなるか、いまのところ見守るしかない。低金利・低インフレ・低成長の組み合わせは、実はいま先進国の多くが嵌り込んでいる現象となっていて、そこから脱却を図るには何が必要かがまさにいま議論されている。心理的要因については、すでに企業物価指数が上昇していることから、この説の妥当性が問われている。

日本も11月の企業物価指数は41年ぶりに9.0%の上昇を記録した。しかし、消費者物価は上がる様子をまだ見せていない。企業物価指数の上昇が、消費者物価につながらないことについては、日銀の黒田総裁が「日本では企業物価の上昇を消費者物価に転化するのが難しい」と説明しているが、これまでもチャンスは何度かあった。

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そのたび、製品の価格をあげようとした企業も多く、心理的な抵抗を回避をするためパッケージの中身を減らして、事実上の値上げにしたヨーグルトや飴などの試みもあったが、結局、全体の価格上昇にはつながっていない。しかし、今回は世界的なインフレ傾向が進行しているという条件が加わっている。とくにアメリカでの物価上昇の影響は貿易を通じて大きいだろう。心理説が少しでも妥当性があるなら、大豆の価格上昇を反映させることにした、醤油などの価格引上げは来春からだから、その価格上昇が根付くか否かで、いちおうの見通しが生まれるだろう。

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