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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国の台湾防空認識圏への侵入は戦争のリハーサル;米国防相オースティンが激しく牽制した理由

バイデン政権の国防長官ロイド・オースティンが「中国の頻繁な台湾の防空識別圏への侵入は、台湾侵攻のリハーサルだ」と発言して話題になっている。11月4日の「レーガン国防フォーラム」で講演後、司会者の質問に答えたものだが、侵入した中国軍機にはジェット戦闘機だけでなく爆撃機や空中給油機も含まれ、台湾海峡の緊張はさらに高まっている。

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「それはまさに中国の本当の能力を見せつけるための、リハーサルのようなものでした」(フィナンシャル・タイムズ11月5日付)。オールティン国防長官は、中国が近未来の台湾侵攻の準備をしているとは言わなかったものの、同国の空軍力による威嚇は規模においても頻度においても、加速されていることは間違いない。10月上旬に1日で過去最大の56機が防空識別圏を侵し、11月には爆撃機や空中給油機までやってきたわけで、懸念するのが当然だろう。

11月3日にも米国務長官アントニー・ブリンケンが、「中国の侵入は恐るべき事態」と述べて、米国は断固として台湾が防衛するのにかかわるつもりだと強調していた。このときブリンケン長官は「何人もこの地域で紛争に突入するのを望んでいなのだから、米国は紛争を避けるために持てるパワーのすべてをつかうつもりだ」とまで述べている。

こうした米国防長官や国務長官の発言は、中国がこのところ急速に軍事テクノロジー開発を加速していることに対する牽制でもある。8月にも「極超音速滑空体」の実験にかなりの成果をあげ、米軍関係者はショックを受けたといわれた。また、米防衛白書によれば核弾頭の数も急速に増加して、2030年までに今の4倍(=1000発)になるいると予測されている。しかも、こうした軍事テクノロジーの加速は、台湾侵攻のさいに米軍が台湾を防衛するのを阻止するためだといわれている。

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フィナンシャル・タイムズ11月15日付より:中国の核弾頭保有


ここに掲げた図版は、2030年までに中国が核弾頭を1000発まで増やすことを示したものだが、これまでも中国はすでに2000発を保有しているとの説も有力で、さらにジョージタウン大学の推計では3000発に達しているといわれる。中国の軍事費はいまだに闇に包まれたままで、発表になる数値の数倍だ、いや10数倍ではないかという論者もいる。

いずれにせよ、中国はこれまで軍事費を増やしたことはあっても、減らすようなことはなかった。それは核武装にかける国費に典型的で、「一皿のスープを二人ですすっても、一本のズボンを二人で履いても、核武装を増強してアメリカに追いつく」といった毛沢東以来、経済成長の数値や事件の勃発とは関係なく、膨大な国費の投入が続けられてきた。

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FT.comより


中国は別にコロナ禍が広がったから、あるいは、世界の景気が低迷し始めたから政府を巨大化・独裁化・軍国化したわけではない。それは共産主義を建て前とする官僚的党支配の国家になってから、ずっとこれまでと同じように続けてきたわけで、この3年とか5年で変化したわけではないのだ。もしそう見えるとすれば、たんにその論者が、現実の中国を正面から見てこなかっただけのことなのである。

なかには、感染力の強いオミクロンの登場で、これまでの中国における「ゼロ・コロナ」政策が破綻するだけでなく、恒大集団の崩壊の影響もあって、中国の軍事イノベーションもしばらく停滞し、台湾への侵攻も遠ざかると思う人がいるかもしれない。しかし、あらゆる戦争や紛争は、ものごとがうまくいっているときに始まるのではなく、たいがいは危機からの脱出、窮状からの脱却として始められる。その意味で、むしろ、新たなコロナ禍と続く経済低迷はリハーサルから本番への移行を強めつつあるといえる。