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東谷暁による「事件」に対する解釈論

リモート・ワークは生産性を下げた?;これから常態に戻るさいの教訓を読む

このままワクチンの接種が進めば、いよいよコロナ禍のなかでのリモート・ワーク(テレ・ワーク)から抜け出して、以前の仕事のやり方に戻ることになりそうである。もちろん、リモート・ワークが有効になった分野では、ある程度の在宅労働が続けられるだろう。では、このリモート・ワークという方法は、はたして成果があったのだろうか。

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リモート・ワークが導入されて初めのころの調査では、「リモート・ワークは生産性を落としていない」という報告が聞かれた。日本ではアメリカに比べてどれほどリモート・ワークが普及していないかというデータ付きのリポートが、雑誌やネット上でよく見られた。ところが、いまやリモート・ワークが終わるころになって、「いわれているほど上手くいっていなかった」というリポートが散見されるようになってきたのだ。

 そうしたリポートのひとつが、米国のベッカー・フリードマン研究所が発表した「家庭での仕事と生産性」で、アジア系のテクノロジー企業における2019年4月から2020年8月までのリモート・ワークについて、被雇用者たちのパソコンから直接データを取って分析している。「労働総時間はざっといって30%増え、また残業が18%加わった。生産の平均はまったく変わらなかった。ということは、約20%生産性が落ちたことになる」。

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経済誌ジ・エコノミスト電子版6月12日付は、名物コラム「バートルビー」で、この結果は「それほど驚くようなものではない」ものの、「興味深いのは、その中で何が起こったのかである」という。リポートの結果よりも「何故そのような結果となったか」がよっぽど面白いというのだ。「長く働いたからといって、パンデミックが始まる以前よりも、被雇用者の集中的時間が多くなったわけではなかった」。では、何が原因なのだろうか。

 「この調査は、オフィスで仕事していたときより若干『集中時間』がへっても、生産量を多くすることはできることも示している。ということは、非効率の実際の原因というのは、結局、リモート会議の時間が長すぎることに尽きる。したがって、結論はきわめて単純なものだ。『リモート会議を頻繁に招集するな、もし会議をしても短く切り上げろ』というのがそれである」

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では、会議が頻繁で長いのは何故だろうか。ひとつには、リモート・ワークでは、管理職が部署のメンバーのコミットメントをうまく引き出せないため、彼らをチェックするために会議を何度も開くことである。もうひとつが、メンバーがオフィスにいないので、管理職が頻繁に会議を招集して、自分の存在感を示そうとするからだという。この分野の専門家によれば、メンバーがバラバラになって働いているときには起こりやすく、また、管理職としても、やむを得ず繰り返しリモート会議をせざるを得ないわけである。

逆に、被雇用者にとっても、リモート・ワークは、上司からの評価の対象となる時間が少なく、トレーニングや指導をしてもらえる時間が少ないことになるに。しかも、被雇用者からすれば、労働時間が超過してもお金にならず、通勤時間が節約できたからといって、そのぶんが会議の時間に当たられているというわけでもない。あまり、メリットのない話が多いことは間違いない。

 興味深いのは、子供がいる者のグループのほうが、平均して1日に20分ほど、子供がいないグループより労働時間が長くなることだ。これは、おそらく子供の世話をさせられていると思われるが、実は、生産性が下がることでもある。しかし、だからといって子供のいない家庭のほうが、ビジネスに有利だというわけでもないだろう。それはあくまで、いまのようなコロナ禍のなかでのことにすぎない。

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わたしは、このリモート・ワークというやつは、人間の働き方を根本的に変えるようなものではないと思ってきた。もちろん、コロナ禍のなかで宅配企業が急激に伸びたり、料理の配達に特化した輸送業が登場したりして、生活の風景すら変えていくように見える。そして、そこに新しいビジネス・チャンスがあったことは間違いない。

しかし、仕事のほとんどが「3密」のなかで行われることは、これからも変わらないと予想している。コロナ禍から2年前の「常態」に戻っていくなかで、どれほどの速度で戻るのか、そして戻らなくなるのは何なのか。それがポストコロナ社会を予測するポイントのひとつだろう。