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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ファイザーのワクチンが直面する難関;冷静に考えればまだ第一歩にすぎない

ファイザーとビオンテックによるコロナワクチンが、第3相臨床試験において有効性90%を示したというニュースは、世界を駆け巡って多くの人が「コロナ禍からの脱出が可能になった」と明るい気持ちになった。なかでも株式市場は急騰して、経済においても大きな希望を与えている。しかし、数日して冷静になってみれば、ワクチンができたら終わりというわけではない。そもそも、このワクチンにはまだ未解決の問題が多く存在している。

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まず、決定的といってもよい問題は、このワクチンが輸送や保存にマイナス80度の超低温(ウルトラコールド)が必要とされていることだ。これは世界中に供給するには大きなネックとなる。とくに、開発途上国の場合、供給が可能になっても受け入れるための施設が作れるかどうかという問題がある。いや、先進国においても大都市の大病院ですら、このウルトラコールドを維持できるところは少ない。

また、生産がどこまで追いつくかという問題もある。ファイザー=ビオンテックは今年中に5000万回分、つまり25000万人分、来年中に13億回分を供給するといっているが、これではとても世界規模のパンデミックを収束に向かわせるには少なすぎる。日本は来年上半期に1億2000万回つまり6000万人分を供給してもらうことで同意しているが、それがどのようなスケジュールで可能なのかはまだ分からない。

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さらに、生命の危険にさらされる高齢者に接種したとき、このメッセンジャーRNA型のワクチンが機能するのかもまだ証明されていない。今回の4万3000人余の治験対象者は高齢者ではなかったようなのだ。メッセンジャーRNA型のワクチンが成功に近づいたのは世界で初のことだが、この型のワクチンは接種を受けた人間の免疫システムを刺激することでウイルスを撃退する。高齢者のように免疫力じたいが弱くなっている場合に、どこまで有効なのかはまだ分からない。(今回のワクチンの特性は「新型コロナの第3波に備える(8)ファイザーのワクチンを検証する」を参照のこと)

加えて、これはファイザー=ビオンテックのプレスリリースでも述べていることだが、有効性90%というのは、まだ続く臨床実験での中間的数値であって、これから治験の対象を広げていけばいくらでも変わってしまうものといえる。この数値は素晴らしいものだが、それがそのまま維持されるわけではない。ましてや、これでほとんどの人が罹患しても平気になったというわけではない。

 もちろん、対策が可能なものは着々と構想が練られているはずである。ウルトラコールドが必要ならば、それが可能な施設を増やし、そのための輸送手段を整備していくことは可能だ(ただし、かなりの資金と時間が必要だが)。生産についても世界に製造拠点を増やすことで解決できるし、また、すでに第3相臨床試験に達している、たとえばワクチンの型が異なるアストラゼネカなどのワクチンも追いかけてくるに違いない。

 高齢者の問題も、順次、臨床試験の範囲を広げることで、どの程度の問題なのかが明らかになってくる。また、アストラゼネカのワクチンなどはすでに高齢者にも試験を行っているので、同ワクチンやほかの試みが一定の成果を上げるようになれば、こうした隙間も埋まってくることになるはずである。

これを機会に、そろそろファクターX論議も、もう少し精度の高いものにすべきだろう。議論するのはもちろんけっこうなことだが、もともとワクチンの普及を前提とした集団免疫の議論を、ワクチンなしで若者たちが感染するにまかせるといった、危険極まりない発想から展開するのは、いいかげん、やめたほうがいい。

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その点、どのように弁護しようと、すでにスウェーデンの「失敗」は明らかだ。ワクチン接種の戦略としての集団免疫論は、副作用はあるにしても症状がほとんどないことを前提としているが、自然感染論は若者たちに感染させて「免疫の壁」にするだけでなく、若者の中にも死者や後遺症を生み出し、結局は危険度が高い高齢者への感染経路をつくってしまう、勘違いもはなはだしい愚論である。

 今回のファイザー=ビオンテックの「成功」は、多くの慎重な専門家やジャーナリズムが付記したように「コロナ禍の終わりの始まり」に過ぎない。コロナ禍によってぼろぼろになった英国のジョンソン首相が国民に警告を発した言葉「いま可能な最大の愚行は、気をゆるめることである」というのは日本にとっても当てはまるだろう。

 

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