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東谷暁による「事件」に対する解釈論

デルタ株は克服できるか?;英国の最新調査から考えてみる

新型コロナウイルスについての最大の話題はいまやデルタ株となっている。いうまでもなく、これまで作られてきたワクチンが、効かないのではないかとの憂慮が生まれているからだ。報じられるデータもまちまちで、デルタ株の有効性は16%まで落ちたという報道もあれば、いや、88%程度だからまだ大丈夫という報道もある。

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先日、毎日新聞を見ていたら、とんでもない事件も起きている。「国立感染症研究所が、ワクチンの効果が無いと認めた」との趣旨の情報がネットに流れたというのだ。もちろん、同研究所は「研究成果を一部の文言だけを切り出して使用している」と警告している(同紙電子版9月18日付)。

真っ先に国民へのワクチン接種を展開して、ほとんど「集団免疫」を達成したといわれたイスラエルでは、有効性の低下に対して3回目のワクチン接種を始めたというニュースもあって、いったい何を信じればいいか分からない状態になりつつある。こういうときには、なるだけ客観的な事実を確認して、その事実を他の例と比べることが必要だろう。

以下に紹介するのは、英経済誌ジ・エコノミスト9月18日付が掲載した「デルタ株にもかかわらず、深刻な症状はワクチン接種をした英国人には希になっている」の概要で、コロナ対策でもっとも苦戦してきたとされる英国の場合の例である。日本といきなり比べると、感染者数も死者数も桁が違うのでとまどうが、まずは1事例として読んでいただきたい。

英国では9月9日にPHE(英国公衆衛生局)が、8月9日から9月5日までのコロナ感染者数と死者数を、ワクチン接種者と非接種者とに分けて発表した。これでおおむねワクチン接種は効果ありと証明できると思われたが、注意深くデータをみると意外なことが分かった。「もっとも驚くべきことは、40歳から79歳までの場合、感染者数はワクチン接種をした人のほうが接種しなかった人よりも多かったことだ」(図版1の黒線と桃線を見よ)。

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図版1:黒線と桃線の40歳から79歳に注目のこと


これはさすがにおかしいと思われたので調べたところ、どうやら、元になったPHEのデータベースが、住所を変えた人を重複して数えていた可能性があると分かった。被接種者の数を過大評価してしまうと、ワクチンの効果を過少評価してしまうことになる。これはあまりにひどいミスだろう。もうこれだけで、たとえ公的機関であっても、発表されるデータを鵜呑みにできないことが分かる。

そこでこのPHEの発表の後、ONS(英国家統計局)のデータをもとに、コンサルタントのジェームズ・ウォードが計算しなおしたところ、まあまあ妥当と思われる結果が得られたが(第一図の赤線と黒線をみよ)、この場合でも意外なことが明らかになった。79歳以下についてはワクチン非接種者の感染数は被接種者よりの多いのだが、80歳以上になるとひっくりかえってしまうのである。この現象は死者数にも反映していて、さすがに接種者より被接種者の死者数が多いのだが、OESの数値で見ると80歳以上の場合には、接種者と被接種者との死者数の差が、他の年齢層に比べて最小になることも分かった(図版2の赤線と黒線を見よ)。

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図版2:赤線と黒線に注目してください


こうしたドタバタを経て得られたデータを、冷静に見返してみれば、「英国は秋が深まるにつれて生じる重症者の急増は回避できるのではないかと思われる」という。その第1の理由は、9月に第3回目の接種、いわゆるブースター接種が始まるからだ。80歳以上における接種者の死者数上昇は、おそらく、ワクチンによる免疫が弱くなっているからで、これは高齢者の接種が他の年齢層より早く始まったことと関係している。ブースター接種はこの問題を解決すると思われるというわけである。

さて、重傷者の急増回避が可能とされる第2の理由は、デルタ株に代表される新しい型は、感染を続けることによって、それほど「新しく」なくなっているからだという。PHEによる別の研究によれば、血液の提供者における抗体の種類の分析によれば、S抗体(スパイク抗体:lgG抗体のことか?)はウイルス感染とワクチン接種のいずれの場合でも、98%の人に生じていることが分かった。

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図版3:自然免疫は若い年齢層に集中している


また、ウイルスに単に曝露されただけでも、(発症していないのに)18%の人にN抗体(ヌクレオカプシド抗体)が形成されている。さらに、最もワクチン接種割合が少ないとされる17歳から29歳までの年齢層が、(重症化を回避できるレベルの)自然免疫をもつ人たち全体の28%を占めているというのである。(mRNA型ワクチンではN抗体はできないとの説もあるので、英国の場合はベクター型のアストラゼネカ製ワクチンによるものか)。

こうしたことから、同誌は感染や接種が免疫力を広げているだけでなく、若い人たちには自然免疫がある程度存在していると考えているようだ。「新しい感染者はピークだった1月に近づいているものの、ワクチン接種はほとんどのケースの重症化を防いでいる。慎重な楽観主義を語るゆえんである」。

こうしたジ・エコノミストの「慎重な楽観主義」を読んでいても、まだまだ英国は綱渡りが続いている気がするが、ともかく第3回目の接種は有効であることは間違いない。ただし、自然抗体や曝露だけで生じたとされるN抗体については、おそらく研究者によって解釈が違うのではないだろうか。(なお、提供された血液から分析し、集団免疫が達成されたと発表したら、まったくの間違いだったという事件がブラジルで起こっている。目的が違うサンプルを転用するのは危険だという例として挙げられる)。

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補足しておくと、この記事の前提として、8月24日に報道された情報によると、英オクスフォード大学は、デルタ株が流行した5月以降でも、これまでのワクチンを2回接種していれば感染予防効果が7~8割あるとのデータを発表している(化学工業日報8月24日付)。日本の厚生労働省の「新型コロナワクチンQ&A」には次のように記載されている。

「英国公衆衛生庁(PHE)が公表した、ファイザー社のワクチンを実際に接種した後の状況に基づく研究結果によると、発症予防に係るワクチン有効性は、アルファ株で約94%、デルタ株で約88%、また、デルタ株による入院を予防する効果は約96%と報告されています。ただし、このような実臨床での観察研究等は、流行状況など別の要因が結果に影響するなど、結果に偏り(バイアス)が生じやすいことから、結果の解釈に留保が必要です」

これでみても、発表時期によってファイザー社の発症予防の有効性に数値のブレがあるが、「慎重な楽観主義」の慎重な部分を重視することにして、デルタ株の克服は怪しげな情報ほど絶望的なものではないとだけはいえそうである。