HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

アストラゼネカ製ワクチンの混迷;悲惨な結果から日本は何を学べるか

アストラゼネカ製ワクチンが、血栓症を起こすというので、コロナワクチンとして疑問符が付き始めている。欧州医薬品庁は接種と発生の因果関係の可能性は認めるいっぽう、いまも「メリットはリスクを上回る」との姿勢を崩していないが、多くの国では60歳以上に限定するとか、30歳以下には勧めないとするなど、制限を設けた使い方をするようになっている。4月9日には毛細血管からの出血の症状(クラークソン症候群)を起こしたケースなども5件だけだが報告された。

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いまのところ、日本ではファイザー=ビオンテック製だけが接種されているので、アストラゼネカ製については大きな問題にはなっていない。しかし、ファイザー=ビオンテックのワクチンも日本では3月11日現在で、医師、看護師など約18万人に接種し、重いアレルギー反応であるアナフィラキシーが37件報告されている。接種100万件に対して約204件で、英国の18.8、アメリカの11.1件に対してきわめて多いので注目を集めているが、今のところ何か特別な措置がなされたという報道はない。

しかし、いずれにしてもこれから接種が拡大するなかで、何らかの副反応が報告されていくことが予想される。そうなったときのわが国の対応について考えるさいに、これまでいくつもの副反応に対応したワクチン接種先行国の実例ほど参考になるものはない。以下は、このアストラゼネカ製ワクチンの副反応が起こした影響とその反応を中心に、復習をかねてリポートしてみたい。

3月31日現在での数値を見ると、アストラゼネカ製ワクチンの副反応は、同ワクチンの開発国である英国の場合、医薬保健製造規制庁(MHRA)の発表によれば、血小板数低下を伴う血栓症の報告は79件あった。そのなかで死亡者数が19人。79人のうち女性が51人、男性は28人。死亡者19人のうち30歳以下が3人だとMHRAは述べている。この死者19人のうち5人が血栓症、14人が脳内静脈洞血栓症(CVST)であるという。

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いっぽう、ヨーロッパのほうに目を転じると、欧州医薬品庁(EMA)によれば、4月4日現在で、血栓症が222人に見られ、その多くがCVSTだったという。3月末の数値でも62人のCVSTが見られ、24人が内静脈血栓症(SVT)であり、そのうち18人が亡くなっている。すでにドイツ、オランダ、スウェーデン、カナダはアストラゼネカの若い人への接種を制限し、デンマークノルウェーは一時停止している。また、フランスは55歳未満で第1回目の接種がアストラゼネカだった人には、2度目は他のワクチンにするように勧めている(4月9日現在。ザ・テレグラフブルームバーグなどを参考にした)。

 こうした事態に直面しているヨーロッパ各国政府は、もちろん、専門家たちの意見を参考にして方針を決定したわけだが、アストラゼネカ製ワクチンを自国の誇りとしている英国のジャーナリズムは、当初は激しくEU諸国の対応を「きわめて政治的」だと批判する論調が多かった。たとえば、ザ・テレグラフ4月8日付に掲載されたアレクサンドラ・フィリップスは「EUの指導者メルケルマクロンは、彼らを支持する国民への人気を最優先している」と批判して、さらにはEUに噛みついている。

 「さまざまな意味で、ブリュッセル(EUの本拠地)は、3万人ものロビイストが集まっている多国籍の企業組合のようなもので、ビッグビジネスの最悪の部分にますますそっくりになってしまっている」

こうした論調は英国メディアでは珍しくないが、EU側でもドイツのフランクフルト・アルゲマイネ紙のように、ドイツ政府の煮え切らない態度に対して、政治がむしろ「本来的」な役割を果たしていないとの批判的な論調が見られる。すでに別の投稿で取り上げたが、ヨアヒム・ミューラー=ユンク記者は同紙で次のように書いている。

 「調べれば調べるほど、そこには無限ループがあるだけだ。ワクチン接種が進めば進むほど、不完全なデーターが増える可能性がある。結局のところ、数値だけでは決められなくなって、『ゼロリスクというのはあり得ない』というところにまた戻ってくる。なぜなら、問題なのは数値だけではなく信頼なのだから」

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こうした「非センチメンタル」な判断が、アストラゼネカ製ワクチンについては早々と消えてしまったのは、まさに単なる数値だけの問題ではなく、信頼の問題であったことを記憶しておく必要がある。アストラゼネカ社は他社に先駆けて治験の第3相にまでたどり着いて、華々しく成果を誇ったのはよかったが、そのさいに1回だけの接種の有効性のほうが、2回接種したときより高いという奇妙な現象を十分に説明できなかった。

その後も、アメリカの当局に承認を受けるさいに、すでに英国では実際に成果をあげていたのに、古いデーターを混入するというミスを犯した。この奇妙な失態を米アレルギー感染研究所のアンソニー・ファウチは「アンフォースド・エラー(不必要なミス)」と呼んだほどである。それはアストラゼネカ社を率いるCEOの野心ゆえの失態であり、オックスフォード大学の研究のミスではないと報じられもしたが、度重なる「データーの改竄」と疑われるミスは、アストラゼネカ製ワクチンの信頼を急激に下落させたことは間違いなかった。

英国の保健行政当局は3月の中頃までは、アストラゼネカ製ワクチンの血栓症との因果関係は不明だといっていたのに、同月下旬になるとそれはまだ証明されていないと言い出した。ついには、英国のすでに約50%のワクチン接種を終え、確実な成果をあげての余裕なのか、「アストラゼネカ製はコロナ感染と重篤化に極めて大きな効果があるといいつつも、若い人にはごく希に血栓が生じるから、30歳未満の人にはファイザー=ビオンテック製かモデルナ製を勧めると言い出したのである」(ザ・テレグラフ4月9日付)。

アストラゼネカ製ワクチンの英国での成果を確保しつつ、国民の批判と不安を現実的にかわしたということだろう。4月4日時点で、英国とヨーロッパ全体でアストラゼネカ製ワクチンを接種した人は3400万人に上っていたから、発症率は1対15万3000ということになり、ひところ主張された1対60万よりは下落したものの、数値的には「ごくわずか」とか「きわめて希」という言葉をなお用いてもおかしくない。

しかし、それまでのアストラゼネカ社が繰り返したデーター公表の失態と、脳内での血栓で何人もの人が亡くなったという陰惨なイメージが、こうした「英国ワクチン」の後退を余儀なくさせたと思われる(正確にはアストラゼネカ社は英国の会社とスウェーデンの会社の合併会社)。そしてもちろん、こうしたアストラゼネカ製ワクチンに義理立てする必要のないEUの政治家たちが、「自分たちの人気を最優先することで」、このワクチンの没落を加速させたことも確かである。

もうひとつのコロナワクチンの期待の星に暗雲がかかり始めている。4月10日早朝、ザ・テレグラフ電子版は、アメリカの製薬会社ジョンソン&ジョンソンのワクチンに、血小板数の減少を伴う重症の血栓が報告されたと報じた。これはEMAが発表したもので、「現時点では接種と血栓に関係があるかはまだ不明」だと述べているという。

ジョンソン&ジョンソンのワクチンは、アメリカではすでに緊急使用の許可のもとで使われているが、ヨーロッパではまだ接種が行われていなかった。血栓症の報告は1例が臨床試験であり、3例がアメリカでの接種で報告されたもので、1人が亡くなっているらしい。このワクチンがどのような運命をたどるのか予想するには、まだ、情報が少なすぎる。しかし、同社のワクチンがアストラゼネカ製と同じく「ベクター型ワクチン」であることを考えると、類似の症状が発見されたことは楽観を許さないだろう。

アストラゼネカ製ワクチンによる血栓症についての研究もすでに行われており、フランクフルタ―・アルゲマイネ紙3月31日付によれば、血栓症の薬として使われる「ヘパリン」が関係していると仮説があるそうである。たしか、日本での「ファクターX」の議論にも、血液凝固を防ぐヘパリンが日本人の場合には量が少なくて済むので、ここらへんに決め手があるのではという議論があった。同紙が紹介している説は、ドイツなどでの血栓の発生は(不思議なことに)ヘパリンを投与した後だったという説と、そもそも血栓症を発症した人の血液に(ヘパリンなどの)そうした要素があったのではないかという説があるという。詳しいことは専門的になるので、説があるという紹介だけにしておく。 

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さて、こうした英国とヨーロッパを混乱に陥れたアストラゼネカ製ワクチン問題について、日本の教訓になりそうな点をひとつだけ指摘しておこう。最も肝心なのは、これからファイザーやモデルナのワクチンを接種していくことになるが、その間、おそらくは新たな副反応が生じるということである。そのさい、新しい副反応の発症率はたとえ低くとも、その説明の仕方や政府、厚生労働省地方自治体の対応によっては、不安と混乱が収まらない危険があるということだ。

日本はコロナワクチンについては、幸運にして大規模な拒否反応がまだ起こっていない。しかし、日本は有数の「ワクチン忌避国」(ワクチン後進国という人すらいる)であることも忘れてはならない。アストラゼネカ製ワクチンに見られるように、その背景に胡散臭いものがつきまとっていたり、あやしげな政治的意図が見え隠れするようだと、たとえ確率論的には低い副反応でも、たちまち接種の進行を妨げる事態となる危険がある。

まさに、そこには単なる「数値の問題」だけでなく、ワクチン接種を遂行する主体への「信頼」がなければ、小さな障害でも乗り越えられなくなるのである。現政権のように、思い付きのようにコロナ担当相を新設し、さらにワクチン担当相を加えるような、政治利益優先の政策を行っていると、いったい誰が責任者なのか分からなくなり、国民の信頼など得られないと思うが、いかがだろうか。

【追記 4月12日午後】このアストラゼネカ製ワクチンの急激な評価低下については、いくつかのメディアが懐疑的な姿勢をみせている。たとえば、ウォールストリートジャーナル紙4月8日付は、主に「数値の問題」からだが、最新の情報と確率論的な考察を提供している。

「規制当局によると、欧州ではワクチン接種開始以降、4月4日時点で脳静脈洞血栓症(CVST)と呼ばれる脳内の血栓症が169例、別のまれな血栓症が53例報告された。4月4日までに域内で3400万人が接種を受けており、概算で100万人につき6、7人の発生頻度と考えられる。医学文献によるつCVSTは通常、100万人につき年間2~4人程度の発症が見込まれる。/国によって報告件数は大きく異なる。英国では2000万回余りの接種でCVSTが44件報告された。ドイツでは270万回のうち31例、ノルウェーは12万回のうち5例あった。規制当局は男性より女性の発症率のほうが高いとしている」(日本語版より)

こうした数値に対して同紙は、コロナの感染致死率は推定で約1%(感染者100万人につき1万人)、20~29歳の同値は0.03~0.04%と推定されるという。また、自動車を50年運転して交通事故で死亡する確率は85人に1人、経口避妊薬で起きる血栓症で亡くなる女性は1年間服用して1万人あたり2~12人だという。もちろん、こうした比較は問題固有の条件や状況が捨象されていて、数字の一人歩きの危険があるが、確率的な見方で冷静になるという効果はある。