HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ドイツがロシア製ワクチンの輸入へ?;アストラゼネカからスプートニクへ転換か

アストラゼネカ製ワクチンが血栓症を引き起こすというので、接種は60歳以上に限定したドイツが、こんどはロシアのワクチン「スプートニクV」を輸入しようとして、ロシアとの交渉に入ったのではないかとの報道があった。英国製から離れるいっぽうで、ロシア製に近づいているわけで、ワクチン戦争の構図からみれば予想できたことだが、単なる短慮の連鎖のように思われる。

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独紙フランクフルター・アルゲマイネ4月8日付は「こんどはスプートニクにコロナ・ワクチンの希望をつなぐ?」という記事を掲載した。スプートニクVの小瓶を女性が手にしている写真が掲げられているが、なんのことはないEUとドイツ、ドイツとその州に起こったワクチンをめぐるドタバタの話である。

 アストラゼネカ製ワクチンの血栓症問題が起こってから、ドイツ国内のワクチン接種のペースがガタ落ちになった。ただでさえ「希少物資」になっていた新型コロナ・ワクチンに、さらに供給不安が生まれて、それまで考えてみたこともないアイデアが脚光を浴びることになった。一時はスパイ行為でノウハウを盗んだのではないかといわれた、ロシア製のコロナ・ワクチンを、ロシアから購入してはどうかというのである。

 この呆れたアイデアの浮上には前段があった。EUに属している国でも非富裕国にとっては、ファイザー=ビオンテックのワクチンは高いうえに手に入りにくくなっていて、スロヴァキアなどは、すでにロシアと交渉し、まず20万回分のスプートニクを入手していた。

 スロヴァキアの行動は、共同購入を原則としスプートニクを承認していないEUの参加国としては、掟破りも甚だしいから、他の国に批判され、スロヴァキアの首相の政治的責任が問われる事態となっていた。しかし、第3波が来襲して感染者が急増し、さらにアストラゼネカが限定的にしか使えないことになると、ワクチン接種は行き詰ってしまってしまい、この「掟」のほうを変えてはどうかという話が出てくるようになったわけである。

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ドイツ国内ではバイエルン州首相のマルクス・ゼーダーが4月7日に「わが州はロシアのスプートニク2500万回分を約束している」と発表して注目された。すでにバイエルン州保健相は、ロシアのワクチン投資や販売を担当しているRDIFと文書を交わして、そこには「バイエルン州の住民への早急のワクチン接種をロシアのワクチンに依頼する」という意味の文章が記されているのだという。

 こうしたドイツ連邦政府への裏切りのような行為だけでなく、政治家たちの間にもワクチンの調達を巡って対立が生まれている。バイエルン州首相ゼーダーに対して、低地サクソン州首相ステファン・ヴァイルが、「ドイツは合意事項には従うべきだ」と激しく批判し始めた。これは与党CSUのゼーダーに対して、野党SDPのヴァイルが攻撃を仕掛けているともいえる。しかし、ヴァイルはどちらかといえば親ロシア派で、対ロシア政策では常に融和的だった。そのことを知っている人は、この捻じれた論争の展開に驚いている。

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こうした混乱が深まるなかで、ドイツ連邦保健相シュパンの言動に注目が集まっていたわけだが、シュパンは4月7日にEU委員会では、ロシアのスプートニクには何も触れず、また、その後のEU保健相コンファレンスでも「われわれはロシアとは相互に会話を重ねることになるだろう」と発言しただけで、ワクチンの調達についての発言は控えた。しかし、これまでの世界のワクチン接種の成果を見れば、1日でも早く接種を進めればそれだけ常態への距離が縮まるのが明らかで、いまスプートニクVはドイツの上空に、大きな存在感をもって浮かんでいるといってよい。

 しかし、では、期待が高まるロシア製ワクチン、スプートニクVの現実はどうなのだろうか。これほどまで期待されているのに、実は、スプートニクVが、EUおよびドイツの期待するように、充分な有効性を備え、グッドタイミングで、充分な量を供給してくれるかどうか、実は、よくわかっていないのである。

まず、EUの保険庁EMAがまだ承認していないだけでなく、データが十分に公開されていない。いちおうは、世界的医学誌「ランセット」に寄せられたスプートニクVのデータでは、有効性が91.6%ということになっている。そのため、それをそのまま鵜呑みにしている「専門家」もいるが、その後のデータがまるで上がってきていない。シュパンも「ロシアはデーターを公表すべきだ」と言い続けている。

また、EUが方針を変えてスプートニクVを大量購入することにしたとしても、それがどのくらいの量まで供給できるか、ほとんど分かっていない。ロシア側は「わが国での接種が一通り終わったら、いくらでも」と言っているようだが、ロシア国内のワクチン接種率はまだ5.6%ほどに過ぎない。一通り終わってEUに回ってくるまでには、いったいどれくらいの時間が必要なのか、まるで分かっていないのだ。

さらに、こうした数値にこだわりだすと、スプートニクVの製造量や製造拠点についても、不確かなことが多いことに気がつくという。そもそも、国内でのスプートニクVへの信頼が低いことは以前リポートしたが、いまも国内の接種率から推測すれば、とてもではないが順調に進んでいるとは思えない。故意なのか、それとも組織的な問題なのか、ロシアのワクチン情報には決定的なところでの不明瞭さが付きまとっている。

そのなかで、姿を現した現実をひとつだけ紹介しておこう。スロヴァキアが20万回分のスプートニクVをロシアから受け取ったことは述べたが、この20万回のスプートニクVは、実際に接種を始めてみると、とても91.6%の有効性などない粗悪品だった。「瓶には同じ名前スプートニクVが貼ってあっても、それは医学誌ランセットに書いてあるスプトニクVではなかった」。スロヴァキア政府が苦情を申し述べると、ロシア側は「それでは返送してください」といったきり、梨のつぶてだという。

こうした事態は流動的だから、この投稿をしたころには別の進展が起こっているかもしれないが、その新しい進展すらも、ラベルの張り替えだけなのかも知れない。そんなことなら、多少の副反応を覚悟を決めて受け入れ、アストラゼネカで作戦の練り直しをしたほうがましだと思うが、ここまで貶めてしまえばもう無理だろう。

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ちなみに、英国のザ・タイムズが世論調査をしたところ、副反応があっても75%の英国民がアストラゼネカを支持したという(「世論調査は大多数がアストラゼネカを支持した」同紙4月9日付)。もちろん、英国民の愛国心のなせる数値でもあるが、その後のデータ検証を経ているので、追ってレポートしたいと考えている。