HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ヨーロッパの旅行・宿泊業が壊滅的だ;日本の政策の教訓にできることは多い

厳しいコロナ禍が続いているため、ヨーロッパの旅行・宿泊業は悲惨な状態にある。アストラゼネカ製ワクチンの接種一時停止が、さらに状況を悪化させた。しかし、日本における旅行業、ホテル業、飲食店も窮状にある。ヨーロッパの悲惨な状況から、日本が得られる教訓はないのだろうか。

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英紙ザ・テレグラムのベテラン記者アンブローズ・エバンス=プリチャードが、同紙3月19日付にヨーロッパのツーリズム、とくに南ヨーロッパの旅行・宿泊業における窮状について、かなり長めの記事を寄稿している。

 結論からいえば、EU全体での対コロナ経済政策の規模が小さすぎることと、コロナワクチン接種の停滞が問題だということになるが、これは感染者や死者が人口比でずっと少ない日本でも、これからの回復対策を考えれば同じことがいえるだろう。また、変異株などの対応においても、「他山の石」にできることはいくつもある。

 同記者によれば、モルガン・スタンレーの調査部門は、もし、ワクチン接種がこの数週間で加速されなければ、南ヨーロッパの国々の観光業は、立ち直れないままになってしまうと指摘しているという。しかも、2020年からのダメージが続いていて、同じヨーロッパでも北南で大きな差がつき、南ヨーロッパはますます苦境におちいっている。

 南ヨーロッパのそれぞれの国の状況をみてみよう。スペインはワクチン接種が思うように進まず、今年も「厳しく辛い」状態に直面している。たとえば、ホテルの1泊滞在の予約は、昨年の夏に記録した最低水準よりも低くなりそうだという。フランス、イタリー、ポルトガルギリシャは、かろうじて若干の回復を見せているが、これは必死の営業努力の結果であって、北ヨーロッパ諸国のようなパンデミック以前への回復はとても望めないという。

 「モルガン・スタンレーによれば、『ダメージは2021年になってからも大きく、ツーリズムの沈滞はヨーロッパ全体を覆ってしまい、おそらく4月になっても同じだろうと思われる。旅行産業はざっといって昨年のロックダウン時点から変わらず、(均せば)今年の初めから10%ぐらいの稼働率と言える』」

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英国と比べたEU諸国のコロナワクチン接種率:The Telegraphより。青の点線が英国。他の国は接種があまり進んでいないことがわかる。接種率が上がらなければ、海外旅行はもちろん、国内旅行も推進できない。日本は553,454人(人口比でいったら、もちろん1%以下である。3月19日現在)


こうした停滞の原因のひとつが変異株の登場で、イタリアでは多くの地域が再ロックダウンに追い込まれ、フランスはパリがロックダウンを1カ月延長し、フランス西部の感染拡大のホットスポットでは、感染者のうち変異株が30%を超えている。スペインのマドリッドでは英国型の変異株が感染者の70%を超えた。WHOは3月18日に改めて第3波の危険は大きいと警告している。

そのなかで、ワクチン接種は英国などを除けばまだまだ不十分で、英国型変異株にも有効とされているアストラゼネカ製ワクチンの血栓症騒動が、さらにヨーロッパの接種を遅滞させてしまった。この血栓症をめぐる混乱は、約500万人への接種に対して30件の血栓症との因果関係が疑われただけの時点で、各国が「大事をとった」ことにより生じている。この血栓症の発生率は、常態の人間の血栓症発生率より低いといわれ、ここに政治的な意図があったのではないかと思うほうが自然である(拙投稿「アストラゼネカのワクチン接種停止;ヨーロッパに広がる副反応恐怖【増補版2】3月18日の続報2を参照のこと。また、英誌ニューステイツマン3月17日号社説も参照)。

 第3波が襲うまでは、ヨーロッパのツーリズムはある程度の回復を見せていた。たとえば、ギリシャでは(最低レベルから)13.7%の売上増、ギリシャでは12.4%の売上増がみられ、これらはもっと経済規模の大きいイタリーやフランスの約半分に相当していた。こうした回復は外国人旅行者が来ない状態で生じたもので、そのかなりの部分が国内旅行の復活や「海外旅行の代替」の推進によって生み出されたものだった。

 「とはいえ、たとえば最も深刻なスペインの場合には、(こうした回復期を除けば)昨年、外国人旅行者が例年の8400万人から1900万人に減少したことで、経済は11%も縮小してしまい、1060億ユーロもの収入減となった」

 もちろん、EU委員会はファンドを起債し、各国の経済を支援しようとしているが、EU参加の条件である赤字制限の財政ルールが、政府負債の巨大な国の場合は「ダモクレスの剣」(天井につるした剣)のように常に人びとを脅かし、大胆な対応ができない。昨年3月、EU委員会は財政ルールの一時停止を決めたが、パンデミックが終わってからのことを考えると、この剣はいずれ落ちてくるから、相変わらず強い制約となってしまっている。

 欧州中央銀行(ECB)のエコノミストのなかには、こうしたルールをもっと変えることで、何とかコロナ禍の時期を切り抜ける必要があると主張しているグループもある。彼らのひとりは「まず、ファンドがあまりに小さすぎる。もっと大きな金額のパッケージが必要だ。それには財政ルールも根本的に変えなくてはならない」と述べている。

 エバンス=プリチャード記者も「このままではもたない。政治および経済の両面を考慮したワクチン戦略が期待される」と結論づけている。たしかに日本は、いまもヨーロッパの国々からみれば人口比において感染者も死者数も10分の1以下である。しかし、日本ではワクチン戦略と経済回復を結び付ける政策が発表されない。財政支出というとすぐ米国の200兆円を思い浮かべる人が多くなったが、日本は欧米に比べて、まだずっと状況はよいし、対策費だってそんなにかからない。これまでも日本人の旅行消費額は、全部合わせてもGDPの4.6%程度のものだ。

ただし、国内のツアーを拡大するにしても、これからはワクチン接種の進展がカギになる。これは出遅れたが至急加速すべきだ。そして、十分な財政支援がなければコロナ禍以前の活況に戻ることなどできない。この2つを結び付けないと、持続する解決策にはならない(註1)。「自助」では無理なのだ。そうした持続性のある積極策がない限り「コロナ対策の優等生は経済回復の劣等生」という逆説が本当のものになってしまう。

 

【註1】それじゃ「GOTOトラベル」じゃないかという人がいるだろうが、ここで言っているのはワクチンを接種した人に旅行してもらう話である。つまり、平日でも旅行にいける高齢者がワクチン接種を受けて、その人たちが少し値段が高めの旅行をするようにもっていくのが、当面、考えられる。もちろん、補助金を多少つけて。(もちろん、ワクチンが効かない変異株、たとえば南アフリカ型が蔓延していれば無理だが)

旅行業者や宿泊業者に優先的にワクチン接種をするということもあり得るが、これは他の業界のクレームがあるかもしれない。GOTOトラベルはロジカルには、感染しているかもしれない若者を旅行に駆り立てて、ある程度ならウイルスを拡散して、免疫がなく死の危険がある高齢者に感染させてもよいというプランだった。