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東谷暁による「事件」に対する解釈論

英国がコロナ対策は最低だったと認める;閉鎖的な「集団思考」が14万人の死者をもたらした

英国の下院にある保健社会福祉委員会と科学技術委員会が『コロナウイルス:現在まで得られた教訓』と名づけたレポートを作成、10月12日、下院が発表した。150ページほどのもので、いかにして英国が「西ヨーロッパで最悪」(ザ・タイムズ紙13日付)のコロナ対策破綻に陥ったかを、さまざまな視点でレポートしている。

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世界中のマスコミがこのレポートについて報じたが、たとえば、BBCは「専門家たちが推奨した政府の初期のアプローチは、状況を管理するだけものもであり、事実上、感染によって集団免疫が達成されるのを目指すものだった、とレポートは述べている。しかし、この政策はロックダウンに踏み切るのを遅らせ、結果、膨大な人命が失われることになった」。

このレポートの報道で、BBCはもとより、他のメディアも着目したのが、レポートには「集団思考(グループ・シンク)」という言葉が7回も出てくることだった。これは集団圧力とか群衆心理と混同しがちだが、特定のグループ内だけで議論していると、とんでもない方策が素晴らしいものに見えてくるという、閉鎖的議論を意味している。

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「英国の新型コロナに対するアプローチは、公的な科学者アドバイザーと政府だけのコンセンサスを反映したものだったのであり、このことはかなりの程度に『集団思考』だったことを意味している」(レポートの概要より)

レポートに盛り込まれた、当時の主任メディカル・オフィサーだったデイム・サリー・ディヴィスは、レポート作成委員会に、次のように証言している。「単純にいってしまえば、私たちは『集団思考』に陥っていたのです。私たち感染症専門家たちはSARSや、SARSの類が、アジアから私たちのところに来るなんて、信じていなかった。それは英国例外主義といってもよいものでした」

英国紙ザ・テレグラフは、この「集団思考」とコロナ対策との関係を真正面から論じた「『集団思考』によって盲目にされた:なぜそんなことが生じ続けたのか」を掲載している。もともと、この「集団思考」という言葉を最初に学術的論文で使ったのは、エール大学の心理学者アーヴィング・ジャニスだと言われているが、彼は1972年に真珠湾朝鮮戦争ベトナム戦争、ピッグズ湾事件などを分析して、政策決定の場において閉鎖的な議論が行われ、それが悲惨な失敗を引き起こす危険を指摘した。

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The Telegraphより


ザ・テレグラフは、特に1961年のピッグズ湾事件を取り上げて、当時のケネディ大統領を中心とする米政策決定者たちが、集団思考の陥ったために、ほとんど勝算のないキューバのピッグズ湾上陸作戦を断行して、大失敗した事例を紹介している。これはCIAが作戦を立てて、エリートの集う大統領執務室で決定されたが、あまりにも現実を無視した作戦であり、カストロが戦車に乗って待ち構える海岸に突入し、114名が戦死して1189人が捕虜となった。

同じようなことが、英国のコロナ対策でも起こってしまったと、下院が発表したレポートには示唆されているわけだが、ザ・テレグラフの記事は次のように述べている。「専門家が提示したプランに対して、政治家たちは反論しなかったという。なぜそうなったかは簡単なことだ。反対して目立ってしまうと、犠牲を払うことが多いからだ」。

 

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さらに同紙は、「前出のジャニスによれば、グループ内の政策決定者は自分の好むように事態の解釈をしがちであり、また、自分の立場や好む選択肢をモラル的に粉飾しようとする。そのため、反対する者は判断を間違っているだけでなく、モラル的にも邪悪であるかのような印象を与えてしまう」と考察している。

こうした集団思考によって、英国は集団免疫を目指したが、たちまち感染が拡大して死者も急激に増えてしまった。あわてたジョンソンは、急遽、ロックダウンを採用したが、すでにこのとき感染は国内に拡大していたので、半端にしか効かなかった。感染拡大が終息したかに見えるとまた規制を緩和したので、ふたたび感染者たちを拡大することになってしまう。しかも、抑え込まれた国民のリアクションが大きく、次の感染者グラフはさらに大きな山を描くことになった。

つまりは、感染者を放置して自由に行動させれば、集団免疫が達成されるという、根拠薄弱な専門家たちの仮説に安易に乗ったことによって、初期の段階でウイルスを国内に拡散させてしまい、その後、ロックダウンを何度も行なったが、もう国内に感染者が大量に潜在する状態になっていたということである。

「今回生じた集団思考のもっともらしい仮説は、驚く人もいるかもしれないが、ふだんはウマい話には眉に唾をつけることを信条としていた、ドミニク・カミングズによっても支持されていた。同じような存在にスウェーデンの国家疫学者アンジェス・テグネルがいる。カミングズが英国のロックダウンを邪魔したとすれば、テグネルはスウェーデンにおける反ロックダウンの代表的セレブだった」

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いまもスウェーデンは、集団免疫をめざして成功したと主張する論者がいるが、昨年の秋から今年の冬にかけて、第1波の数倍の死者を出して、国王が「私たちはコロナ対策に失敗したと私は思う」と表明せざるを得なかった。けっきょく、いまの時点でも約1万5000人がコロナで死亡し、これを人口比で日本に置き換えると18万人ほど亡くなったことになるわけで、とてもではないが「成功」したなどとはいえない。

そう言うと、スウェーデンの熱心なファンは「そんなことはない、英国やイタリア、アメリカなどと比べると人口比での死亡率は低い」などとムキになって主張するが、「西ヨーロッパで最悪」の国や、トランプの悪影響でワクチンもマスクも拒否する住民が大勢いるアメリカと、福祉や医療で見本とされてきたスウェーデンとを比較するほうがおかしい。そもそも、ロックダウンも採用した、お隣のデンマークの死亡率はスウェーデンの3の1、ノルウェーは10の1で済んだという事実をどう考えるのだろうか。

なかには、スウェーデン国王は「私たちは失敗した」とはいっていない、「多くの国民が亡くなったことを残念に思う」と言ったのに、誤訳されたと主張する者すらいるが、グスタフ国王のスウェーデン語「Jag anser att vi misslyckas」を、どうやったら失敗したと言っていないと「超訳」できるのか、わたしには理解不可能である。

まあ、そんなことを言っているのは、小規模で特殊な「集団思考」の連中に過ぎないから無視してよいが、無視できないのは英国で生じた大規模で悲惨な失敗である。それは「集団思考」が政策決定の現場で生じた場合の恐ろしさだけでなく、目立ちたがり屋たちが政策決定の中枢にアプローチする可能性があるときには、何らかのチェック機能を前もって作っておく必要があることを意味する。

日本でも「日本人にはすでに免疫がある」「日本には第2波は来ない」といっていた人物が、当時の厚生労働大臣に面会して(おそらく有力者の紹介があったと思われる)、自説をとうとうと述べたといわれている。また、「若者が感染すれば、それだけ集団免疫に近づく」といっていた元厚労省職員が、いわゆる保守派の一定の支持を得ている。けっして英国の悲惨は地球の裏の出来事ではないのである。