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東谷暁による「事件」に対する解釈論

集団免疫についてのリアリズム;幻想よりも現実の効果を考えよう

日本はいまのところ論外だが、先進国はコロナ・ワクチンの接種が進みつつあり、いよいよ「集団免疫」が視野に入ってきた。そこで注目されているのが集団免疫と景気の関係で、「集団免疫が達成されないと本格的景気回復は無理だ」という論者と「いや、集団免疫が完全に達成されなくとも景気は回復できる」という論者との間で論争が始まった(ウォール・ストリート紙5月9日付)

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しかし、この「集団免疫」については、論者の間に認識の相違が多くあり、そのため、一般の人たちにも誤解が拡散しているといってよい。いまだに「若者にコロナを感染させれば、集団免疫が達成される」と信じ込んでいる、呆れた論者もいるほどである。そうでなくとも、この集団免疫という仮説が、一定の空間、一定の時間を設定して初めて成立するものだという、肝心のことが忘れられている(「新型コロナの第4波に備える(2)集団免疫を阻止する5つの難関とは」)。

それだけではない、集団免疫に必要な免疫保有者の割合にしても、いまだに不確定であり、70%~90%と幅が大きい。少し前までは60%という説が有力であり、なかには50%で充分だという研究者はいまもいるが、さすがにそれは少数派になってきたようだ。しかも、もうひとつある。世界的にみてもワクチン接種を受け入れるという人たちは、全体の割合からいって、集団免疫形成に必要な最低限の70%に達していないという事実である。

経済誌ジ・エコノミスト電子版5月6日付に「世界的な集団免疫は、達成にはまだ遥かだ」というデータ解説の記事が掲載されたが、これでみると世界マクロ的に集団免疫が達成されるなどというのは、ほとんど不可能ではないかと思われるほどである。ギャラップの調査によれば「もしワクチン接種が役に立つなら受けるという人は68%、拒否するという人が29%だった」。これはあくまで世界の平均値であり、カザフスタンハンガリーは受け入れる割合は3割以下と、ほとんど絶望的な数値もみられる。

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日本は「ワクチン恐怖症」が蔓延していた国であり、去年のデータでは「受け入れる」が20%台と憂慮されていた。しかし、今年の調査では60%ほどになり、これはよい傾向だと思われたのもつかの間、菅政権の大失敗によって、ワクチン接種の進行度が2.2%と、たちまち先進国中で最低の国になってしまった(「ワクチン敗戦の原因を考える;またしても神風思想の蔓延だった?」)。

集団免疫についての議論は、すでに長い歴史をもっている。すくなくとも「若い人たちに感染させれば、集団免疫が形成されるから好ましい」などという専門家は、さすがにもういない。どこかの国の漫画家くらいになっている。また、集団免疫が達成されないと経済が動かないというのも、いまの先進諸国のビジネスマンたちの現実を考えれば、杞憂に過ぎないことがわかる。日本などでは緊急事態宣言をしても、平日の電車はビジネスマンたちでいっぱいである。これはこれで問題だが、集団免疫について考えるさいには、空想的なことを夢見るのはやめて、ひたすらリアリズムに徹したほうがいい。

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前出のジ・エコノミストは、バイデン大統領のコロナ問題顧問であるアンソニー・ファウチの言葉を引用している。「集団免疫の閾値という曖昧で魔術的な数値にこだわるのはやめよう。それよりも、可能な限りなるだけ早くなるだけ多くの人に接種することだ」。ファウチにもいろいろ問題があるかもしれない。彼もひとりの「政治家」なのだ。しかし、この臆面もないリアリズムは正しい。

 

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