アメリカの平均寿命は、他の先進諸国に比べて6歳も低い。最近はオバマケアもなんとか定着傾向にあり、癌治療による生存率は世界一だ。それなのに何故? 世界の政治経済を支配している国の不思議な現象は、実は、これまで必ずしもよくわかっていなかった。しかし、死者のデータを丹念に見ていくと、なるほどと思えるファクターが浮かび上がってくる。
まるでミステリーのような構成で「アメリカの死」の謎を追及しているのは、英経済誌ジ・エコノミスト7月31日号の「恐るべき数のアメリカ人が老年を迎えない」である。この記事は単に数字を並べるだけでなく、人口動態学を駆使し、地域ごとの医療制度なども比較しているので、ちょっと読むのに骨が折れる。しかし、たどり着いた結論はけっこうシンプルなものだった。
まずはグラフ1⃣を見ていただきたい。これは先進12か国の平均寿命の伸び具合を比較したものだが、そのなかに度外れて例外的な国がある。いうまでもなくアメリカである。だからこのグラフは「アメリカ例外主義」と皮肉まじりで名付けられているのだが、それにしても例外の度合いがすごすぎる。これまでも他の11カ国平均と比べて開きは大きくなって、2019年あたりから平均寿命はさらに下落してしまっている。
もちろん、ここにはコロナ禍の拡大があり、トランプ政権下での対策ミスが大きかったが、ヨーロッパの先進国を見ればここまでひどいことにはなっていない。糖尿病の割合は11%とフランスの6%の2倍近く、肥満の割合もOECD諸国の2倍といわれるが、そのいっぽうで、癌治療の生存率はこの10年で98%という好成績で英国の78%の遥か上をいく。このところ喫煙率は下がっているし、コレストロールのレベルも落ちている。
では、何が大きなファクターなのかといえば、「問題は医師の治療とは別のところにある。コロナ禍の影響を除外すると、最近はいわゆる暴行による死亡が急速に上昇しており、これが他の先進国とアメリカとの大きな違いを説明している」。さらには、これと関連するが、ドラッグもこの傾向に拍車をかけているものとして、見ることができるという。研究者ジェシカ・ホーの論文をもとに、作成されたグラフ2⃣(下)のなかで見れば、小型火器と薬物過剰摂取と交通事故(肌色、ピンク、茶色)が大きいというわけだ。
ジェシカ・ホーの研究によれば、大きなファクターは、銃、ドラッグ、交通事故だ
しかし、このグラフを見れば確かに銃やドラッグがかなりを占めているが、それが6歳もの差となって現れるのは不自然ではないかと思う人がいるかもしれない。この感覚は受け入れやすい。ただし、平均寿命の計算の仕方を考慮にいれると、死んだ人が若ければ若いほど、平均寿命をより大きく押し下げてしまうという、計算上のリアルな現象を冷静に理解しなくてはならない。
若死にが多い社会の「現実」を見ておこう。2021年、アメリカの15歳から24歳で亡くなったのは3万8307人だった。いっぽう、英国のイングランドとウェールズを合わせて2185人にすぎない。アメリカは約3億3000万人、イングランドとウェールズで約5600万人。アメリカでは、他とほとんど比較の対象にならないほど多くの若者がなくなっているのだ。これが全体での大きな差とならないほうがおかしい。
つまり、ガンやヤクやクルマで生じる死は、圧倒的に若い年齢層に多く、このグループの数値は低いため全体平均への影響が大きいので、アメリカの平均寿命は、感覚的な予想よりもずっと下落してしまうというわけなのである。もちろん、だからといって、アメリカの平均寿命下落が、たいしたことのない事態であるとはいえないし、また、ジ・エコノミスト誌もまた批判的な論調を変える気はなさそうである。
ジ・エコノミストのレポートの元になったジェシカ・ホーの論文から
しかし、ではどうやったら若い命を救えるかという問題なると、アメリカの政治や法律の特色が、解決策を実現しにくいように働いていることを認めざるを得ない。このレポートが「この問題の解決は、それほど早くは生じない」という締めくくりに終わっているのは、他の印象主義的なアメリカ=銃社会批判と同じである。
このレポートを基にした同誌の社説「アメリカの虐殺をいかにして抑えるか」では、「解決は難しいが、それは到達可能なところにある」と、もう少し希望的オピニオンとして提示している。しかし、同誌社説の締めくくりもそれほど明るくはない。アメリカでは銃社会問題にしても、事件が起こって大量の若者がなくなると、そのときだけは「もう変えるときだ」と政治家たちはアピールする。しかし、「あまりに政治家たちが行動することに緩慢であるために、この若者たちの嘆くべき大量死に対して、アメリカは寛容になってしまっているのだ」。