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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国の台湾侵攻の時期をデータから読む;空軍基地の設備や経済指標で予測する試み

中国は本当に台湾に侵攻するのか。それは何時どのようにして? しかし、これまで中国が着々と進めてきた準備に変化が生まれている。侵攻を成功させるための基地の増設や、戦時中の食糧を維持するための穀類の備蓄に、かなり大きな変化が発見されるようになった。その行く先は、侵攻の延期なのか、それとも、すでに侵攻の準備を終えた兆候なのか。


英国経済誌ジ・エコノミスト7月27日号に掲載した「空軍基地のデータは中国の台湾侵攻がすぐではないことを示唆している」は、短いものだがデータの解釈がきわめて興味ぶかい記事だった。まず、中国の防衛費の拡大率が10年前に比べて39%(インフレ率補正後)もの伸びを示している。ところが、台湾侵攻に関連した空軍基地に対するプライオリティは、他の分野と比べて高いとは言えなくなっているのだという。

 


2013年、習近平が権力の座についたとき以来、中国は要塞化された空軍基地をちゃくちゃくと建設してきた。それは台湾に近接する地域以外においても、きわめて理にかなったペースだった。ところが、台湾にとって不幸なことに、アメリカ軍が同じような要塞化された空軍基地を建設するペースは、中国に比べてかなりさえないものだった。


戦略立案者たちの認識では、戦闘のさなかにあっても、失われる軍機のなかで空を飛んでいて撃墜されるのは3分の1で、他は地上に留まっている間に敵の攻撃に遭遇して失われる。ある戦争シミュレーションによれば、中国が台湾侵攻を開始した場合には、アメリカの軍機の90%は地上にとまっている状態で失われることになっていたという。つまり、空軍基地において、飛び立っていない軍機をどこまで守れるか(どこまで破壊できるか)が、戦いの趨勢を決する大きなポイントとされているのだ。


この点、中国はこの十年間、地上の航空機を守ることができる「強化航空機シェルター(HAS)」を備えた、空軍飛行場を建設することに多くの資金と時間を費やしてきた。もちろん、戦争において完全などあり得ないから、HASを備えたからといって全機を守れるわけがない。しかし、少なくともHASが戦場に近い基地にあれば、それだけ相手に多くの弾薬を消耗させることができるのである。


シンクタンク新米国安全保障センターのトーマス・シュガートは、中国とアメリカが近年にどれほどのペースで、台湾侵攻があったさいに使われるHASが建設してきたかを丹念に調べてきた。そのデータによれば、2012年の時点で台湾はHASを306保有し、中国は207だった。ところが、それ以降、中国はHASを380建設したのに対し、アメリカが台湾から1000キロ以内に建設したHASはわずか15にすぎなかった。


ところが、さらに詳しく調べていくと、2012年の時点で、中国のHASは台湾から500キロ以内にあるものが70%を占めており、それ以降に建てられたHASはわずか9%に過ぎなかったのである。新しい空軍基地は中国と外国との国境近くに建てられたが、いまもHASを持たない中国の空軍基地が広い地域に散在している状態だという。これはつまり、習近平の中国が、戦略上、台湾侵攻だけに傾斜していたわけではないことを、間接的に示しているのではないかというのである。

もちろん、これには論理の穴がいくつも存在している。まず、空軍基地だけに注目しても、中国が戦略の中心を航空機からミサイルに移したことの兆候だとすれば、台湾侵攻が迫っているか否かには関係ないとの反論がある。また、攻撃に対して脆弱であるにも関わらず、中国があえて地下基地を秘密裏に建設しているとすれば、台湾侵攻の時期とは関係ないことになるだろう。


アメリカや台湾の戦略分析家たちは、これまで長い間、HASを空軍基地に設置することを要求してきた。しかし、そうした要求は、戦略の変化というファクターを考えないものだったのではないかというのが、ジ・エコノミストの記事の締めくくりである。「アメリカは中国の計画を納得することができるだろう。しかし、この納得が間違っていて、空軍機を攻撃にさらしたままにすれば、とんでもないコストがかかってしまうかもしれない」。

もうひとつの中国における(台湾侵攻をめぐる)新しい動きとしては、これまでひたすら加速してきた穀類の備蓄に、微妙な変化が訪れているという事実である。同誌同号に「経済指標は台湾での早期の戦争に警告を発しているか」は、2012年までは、麦、トウモロコシ、コメ、大豆の備蓄を積み上げていたが、2015年以降は、データを見る限り横ばいになっているというのである。


微妙なデータだが、これも侵攻の準備が終わっていると見るのか、習近平の時代になって長期戦略が変わってしまったのかの判断はかなり難しい。同誌は「今日、中国について分析家たちは、自分のバイアスに気をつけねばならない。しかし、もし、経済指標や財務諸表が戦争の到来を予想するのにアメリおよび同盟国に役に立つなら、その到来を阻止することができるかもしれない」と締めくくっている。

これはある意味で解釈しだいということになるだろう。1980年代にマーケティングにおいて多変量解析が流行ったことがあって、「小衆マーケティング」とか「分衆マーケティング」とかが唱えられたが、それに使われたデータと多変量解析がおのずから予言したというより、マーケットに触れているうちに、小衆や分衆のコンセプトを思いついて、それを正当化するために使われたという傾向があった。


この時期に同じ手法を用いて「次に戦争が起こる地域はどこか」を、さまざまな数値データを集めて多変量解析で予想してみようという記事がパソコン誌に載ったことがある。素朴なプログラム言語であるBASICで組むので骨が折れたが、いまならスプレッドシードでずっと簡単に試みられる。しかし、その的中率はデータの選択や分析コンセプトに大きく左右される。まずはじっくりと、すぐにはデータ化できない実情の把握から、つまりは伝統的方法で始めてデータを分析するということになりそうである。