HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

5分で分かる、世界の核戦略:嫌悪する前に知っておいた方がいい

またしても、北朝鮮のミサイル実験が始まった。もちろん、これは核戦略の一環として行なわれている。核戦略と聞いただけで嫌悪を覚える人は多いだろう。また、報道の多くも、その悲惨さだけを伝えようとするので、そんなことを語る人間はどうかしているのではないかといった反応が多い。

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しかし、北朝鮮核兵器を放棄する気がないことが、ますます明らかになっているし、もし、そうした事態があるとしても、いまの北朝鮮の体制が崩壊するときか、あるいは、アメリカが軍事的にいまの北朝鮮政府を排除したときだろう。その意味で、先日、トランプ大統領にクビにされたボルトン補佐官がいっていることは正しい(彼がトランプに提示した政策が正しいかは別だが)。

以下に掲げる小文は、2年ほど前にラジオに出演するさいにまとめたレジメが元になっていて、そのレジメには「5分で分かる、世界の核兵器戦略入門」などとメモされている。いかにも大げさなタイトルだが、5分以内で読めることは確かである。放送以前にも現代の戦略論について1冊書いたことがあり、さらに知りたい方は「付記」にある本や動画を参照していただきたい。【以下、レジメを元にした文章転載】

 

以前、中小企業の社長さんたちが集まる勉強会で、核戦略について話すことになり、現代の核戦略は「相手に耐えられない報復を与えられるか否かが問題になる」と述べたところ、「なんだ、尖閣諸島を原爆で直接攻撃するという話じゃないんだ」と言われたので、多少ショックを受けたことがある。

 中小企業の社長さんたちというのは、とてもよく勉強していて、特にその日は政治には詳しい人たちの集まりだった。そういう人たちにとっても、核戦略というものが通常兵器の戦争とは大きく異なる印象を与えるのだと知って、意外な感じがしたものである。

 もともと「核戦略」と言われるものが生まれたのは、1949年に当時のソ連アメリカにキャッチアップして核保有国となり(その間には激しいスパイ活動をやってのことだったが)、アメリカが唯一の核戦略国ではなくなったときだった。

 この米ソによる核戦略論は、最初のころシベリアで核兵器を使うというプランがあったことでも分かるように、お互いの中心的な部隊を消滅させるというような発想も残っていた。しかし、水爆が生まれて破壊規模が格段に大きくなる過程で、先制攻撃によってどこまで相手の報復攻撃を不可能にすることができるかという議論に移っていった。

 さらには、お互いに最後の報復力の維持は可能かどうか、どこまでその可能性を潰してしまえるかという発想に向かっていき、MAD(相互破壊確証)という千日手のような状態を大前提とするところまで嵌り込んだわけである。

 ところが、その後、イギリス、フランスも核保有に成功し、1964年に中国が追いついてきたとき大きな衝撃が走った。米ソという「超大国」ではなく、軍事的には中くらいの「中位国」の核戦略を考えざるをえなくなったのである。

 とくにこの段階で突出した理論的展開を見せたのはフランスだった。ドゴール大統領のもと、ガロワとボーフルといった理論家たちが、中位国における独自の核兵器の位置づけをしてみせた。ガロアは小国ですら核兵器を持てば、報復を恐れる大国の攻撃を牽制できると論じた。また、ボーフルはフランスが核武装すれば、米ソの核均衡をアメリカに有利にできると、アメリカの核戦略のなかに位置づけながら論じた。

 興味深いのは1970年代になると、アメリカでもこうした報復核を綿密に論じるケネス・ウォルツの核兵器拡散論が登場して、「より多くの国が持てば、核の均衡は生まれやすくなる」とまで論じて衝撃を与えた。その後もウォルツは大胆に核拡散を「推奨」する理論を展開したので、激しい論争が起った。

 いっぽう、中位国の核武装の経験をていねいに分析して、軍事中位国の核保有目的を分類してみせたのがビビン・ナランだった。彼は核兵器保有している中位国同士や一方だけが保有国である場合の国際紛争を細かに検証して、次のような3つの核保有目的を提示してみせた。

 1)大国(アメリカなど)の介入を招き寄せるために核保有する「媒介的核態勢」

2)先制攻撃されたときだけ確実に報復すると宣言する「確証的報復核態勢」

3)先制攻撃も辞さないという姿勢を最初から見せつける「非対称的エスカレーション核態勢」

 この分類は、イスラエルが秘密裏に核保有していたのに、アラブ諸国がそれを知っていて戦争を仕掛けたという事実や、先行して核保有したインドに対抗してキャッチアップしたパキスタン核戦略などを論じるとともに、これまでの通常兵器での先制攻撃や威嚇についての研究も加味したものだった。

 ナランが考えるところ、確実に核保有が他の国に圧力をあたえ、威嚇の効果をもつといえるのは第3番目の非対称エスカレーション核態勢(この「態勢」は「ポスチャ―」の訳)だという。ただし、さまざまな局面や段階でこの3種類を使い分けるということもあるわけで、中位国の視点から核戦略を見直した点で興味深いものだった。

 中国がいまも第2番目の「確証的報復核態勢」を建前としているのは、実は「非対称的エスカレーション核態勢」を採れるのにもかかわらず、政治的に宣言するのを控えているのだろうとか、イスラエルは実は第1番目だったが、すでに第2番目の態勢に移行しているとかの分析が可能になったわけである。

 こうしてみると、北朝鮮が採用してきたポスチャー(態勢)は、間違いなく「媒介的核態勢」と「非対称エスカレーション核態勢」の組み合わせであり、中国を介入させることを繰り返し試みながら、国内的には統制を維持するために核戦略を使い、アメリカに対しては圧倒するような核武装は不可能でも、万が一の「暴発」の可能性をほのめかすことで、威嚇するという姿勢を取り続けているわけである。

 

【以上、転載終わり】いま付け加えるべきことは、まず、ロシアなどの動きに見られるように、むしろ、戦略上、核の比重は上がりつつあるということである。ひところは、冷戦的構造の消滅とハイテクの進歩で、核兵器の比重は下がったと論じる戦略家も多くなっていた。しかし、ロシアとアメリカがINF(中距離核戦力)廃棄条約を破棄してしまったことにより、急速に核兵器の重みが増している。

もうひとつは、トランプの対北朝鮮交渉の停滞(もともと、うまくいく見込みのないもので、ただのパフォーマンスといってもよかった)のなかで、アメリカ・ロシア・中国のあいだに、北朝鮮の核保有を前提とする暗黙の了解が生まれているということだ。いまのところ、急激に朝鮮半島に変化が生まれるのは、3国とも望んでいない。

繰り返すが、核問題について考えるさいに、まず、現実を見ることが大切で、倫理のみから入るのは問題の所在を曖昧にしてしまう危険性がある。これは核問題には倫理がいらないということではなく、重大な問題だからこそリアリティを把握することが、優先されるべきだという意味である。平和を真剣に考えるには、核戦略を真剣に考えねばならない。

 

 【付記】

小生には次のような核戦略を含む入門書がある。

東谷暁『戦略的思考の虚妄』(筑摩書房)

また、上記のレジメに基づいて約5分のコメントをした記録は下記の動画を参照。

17分50秒経過した時点からこのテーマで話している。

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