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東谷暁による「事件」に対する解釈論

アメリカとイランの戦線は拡大する;米イ戦争シミュレーションで予測

アメリカのソレイマニ司令官暗殺に対して、イラク側の報復が行なわれたが、これから両国はどのような事態を迎えるのだろうか。こうしてワープロを打っているうちにも、状況は急変してしまうかもしれない。しかし、これからの推移を予言できないにしても、何が起こるのかを考えるための、ささやかな材料を提供することは可能だろう。

 

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中東の民族地図;この複雑さが問題の複雑さを生む vox.comより


 昨年、『フォーリン・アフェアーズ』電子版6月4日に、新アメリカ安全保障センター中東安全保障プログラムディレクターのイラン・ゴールデンバーグ(Ilan Goldenberg)が「イランとの戦争とはいかなるものか:両国が戦闘を望まないとしても、その危険を消滅させることはできない」を寄稿している(日本語訳は同誌日本版「制御不能な戦争――イランとの衝突は瞬く間に地域紛争へ拡大する」)。

 ゴールデンバーグはここで、昨年の初夏の状況を前提として論じているが、いったん戦端を開けば急激に中東全域に広がってしまうと警告していた。その後、アメリカとイランは互いの摩擦を高めただけでなく、トランプ大統領によるソレイマニ司令官暗殺を断行したことで、ゴールデンバーグが憂慮していたことは、まさに現実のものとなろうとしている。

 この短い論文では、「ともに戦争を望んでいないとしても、誤算、間違ったシグナル、そしてエスカレーションロジックゆえに、小さな衝突が地域的な大混乱を巻き起こし、イラン、アメリカ、中東に破滅的なダメージを与える恐れがある」(翻訳は原則日本版による)と述べて、戦争をシミュレーションしているので、読んでおく価値は十分にあるだろう。

 「紛争は、中東における米関連資産に対する小規模な攻撃、それもイランによるものと明確に判断できない攻撃によって誘発されるだろう」。まさに、こうした「小規模な攻撃」を、トランプはソレイマニ司令官暗殺の理由としたわけである。

 「トランプ政権は、イランの(再度の)攻撃があれば、(シリアの)アサド大統領が化学兵器を使用した後の2017年と2018年にシリアのターゲットを空爆したように、イランの複数の軍事サイトを攻撃するだろう」。しかし、イランがシリアと違うのは、シリアは孤立して追い詰められていたのに対し、イランには遥かに多くの手段が残されていることだとゴールデンバーグは指摘する。

 「イランは、アフガニスタンイラクレバノン、シリア、イエメンの傀儡政権を利用できるだけでなく、バーレーンクウェートカタールサウジアラビア、UAEの米軍基地をターゲットにできるミサイルを保有している」

 イランが報復としてとった措置は、まさにこうしたアメリカの基地を弾道ミサイルで攻撃することだった。そして、おそらくイランは海洋においても、「機雷や対艦ミサイルでホルムズ海峡を脅かし、世界の原油価格を高騰させることもできる。後方撹乱やサイバー攻撃、特殊部隊であるコッズ軍による作戦行動で、サウジの石油生産の多くを停止に追い込めるし、世界各地のアメリカの資産をターゲットにすることもできる」。

 こうした状況に陥っても、なお、両国は全面戦争には踏み込みたくないに違いない。しかし、ゴールデンバーグは、そこに両国の「誤解」が生じる危険性が高いとみている。「双方は(自国の安全を高めようとする措置が、結局は緊張を高める)高度な『安全保障のジレンマ』に遭遇する。互いの防衛的措置が相手には攻撃的な措置にみえてしまうからだ」。

 お互いが慌しく防衛措置を講ずれば講ずるほど、それがお互いのエスカレーションへの圧力となってゆき、このエスカレーションプロセスのなかで、アメリカは決断を迫られることになるというわけである。

 「こうしてアメリカは、中東の基地に12万の兵力を送りこむ……。米空軍の爆撃機はイランの通常戦力を空爆するとともに、ナタンズ、フォードー、アラクイスファハンの核施設の多くを破壊する」

 もちろん、イスラエルもこの戦乱に外部者でいることはできない。「イスラエルは、政党と軍事組織の二つの顔をもつレバノンのヒスボラとの衝突によって、紛争に巻き込まれるかもしれない(もう、すでに巻き込まれつつある:東谷)。〔イスラエルが〕緊密な同盟国であるアメリカと共闘路線をとることの代価を引き上げようと、ヒスボラへの大きな影響力をもつイランは、13万発のロケットを用いてイスラエルを攻撃するように求めるかもしれない」。

 こうしたゴールデンバーグのシミュレーションを読んでいても、なぜ、トランプが中東で何らかの成果を上げようとしたのか、ますます理解に苦しむ。やはりそこには、中東という地域の複雑さや、イランというシーア派の盟主の重い宿命について、あまりにも軽く考えていたのではないかと思われるのである。

 なお、このシミュレーションはまだまだ続くのだが、とりあえずここまでにして、同じくゴールデンバーグがソレイマニ暗殺の直後、『フォーリン・アフェアーズ』1月3日電子版に寄稿した「イランによるソレイマニ爆殺への報復は戦争に導くか?」の最後の部分を紹介しておこう。

 ゴールデンバーグは、トランプはソレイマニ殺害によって勝利の雄叫びをあげることだけで満足すべきだったが、そうはいかないという。「こうした自制心はトランプの性格からしてとても無理だろう。イラン国内の復讐への情熱、すでに引き起こされた政治的なモメンタムは、いやおうもなくアメリカとイランを、大がかりな戦いへと引きずり込んでいくことになる」。

 

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