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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシアの旗艦モスクワを沈めた米哨戒機の情報;多くのデータと証言から真実が浮かび上がる

ロシアの旗艦モスクワが撃沈された事件については、いまも議論がつきない。あまりにも意外な出来事だったからだ。とくにアメリカの関与については不明な点が多かったが、いまや関与は当然視されており、むしろどのように関与したのかが論じられている。5月7日にはアメリカ政府が関与を否定したが、いまやウクライナ戦争の当事者として、武器や資金の支援国として、ますます存在感を増している。

上から、哨戒機P8A、トルコ製ドローン、旗艦モスクワ


ペンタゴンの緊急ラインが連絡を受けた4月13日、黒海には闇が垂れこめていた。ウクライナ海軍のドローン操作担当官たちは、ドローンの飛行を高度に維持していたが、ロシアの旗艦を発見したと思った。この件の内情を知るアメリカの将校が、ウクライナの担当官たちは、それがモスクワだと確認するまで待つようにいわれたと証言している。このときアメリカ海軍の哨戒機P8Aポセイドンが、この空域を飛んでいた。そして、アメリカはこの艦船がモスクワだと確認した」

以下4点の図版と写真はThe Timesより:モスクワ沈没の過程


このように書き始めているのは、英紙ザ・タイムズ5月7日付の「いかにしてウクライナロシア海軍の誇りであるモスクワを撃沈したか」である。同記事は、これまでのデータや証言を改めて総合的に検証して、アメリカがこのモスクワ撃沈に深く関与したことを、さらに詳しく報じている。同日、アメリカ政府が慌てて関与を否定したのは、むしろ、この記事の正しさを裏書きしたようなものだった。

旗艦モスクワの装備


同記事によれば、証言者の一人は次のように語っている。「ウクライナにも、自分たちの情報収集能力をつかって、黒海を航行している艦船を探索し追跡することはできる。しかし、このケースに関しては、ウクライナ側はそれがモスクワであるかを、アメリカに確認してきた。それでわれわれは確認のうえ、そうだと言ったというわけだ」。

この米軍関係者は続ける。「われわれは、われわれが提供した情報が、本質的に防衛上のものであると考えている。というのも、モスクワはウクライナに接近したし、湾岸の諸都市だけでなくウクライナ全体に対しても、長距離ミサイルで威嚇しようとしていたのだから」。すでにこのとき最大で最良の武装をしていたモスクワは7週間にわたり、巡航ミサイルによって何百マイルも離れたウクライナの都市に大打撃を与えていた。

いっぽう、ウクライナ軍のほうはといえば、ネプチューンと呼ばれるミサイルを敵に向かって発射するテストをしたのは、わずか1年前のことだった。このミサイルには洗練された最新の電子回路が付け加えられていたが、もともとは1980年代にロシアでつくられた対艦ミサイルだった。担当しているチームのメンバーも、ハイテクの対ミサイル装置を備えた最新兵器にどう立ち向かえばよいかなどと思ってみたこともなかった。

かつてモスクワの甲板に外国からの客を案内した


しかし、それは否応なく立ち向かわされることとなる。4月13日午後8時ころ、ネプチューンの担当官たちは目標のデータを受け取った。1基のネプチューンによってモスクワを破壊する作戦だったが、同時に彼らはもう2基を準備する。そして、発射の命令が発せられた。ネプチューンは轟音と閃光を発して発射され、ロシアの旗艦モスクワ目がけて飛んでいく。いっぽう、モスクワの乗組員510人は飛び交うドローンに悩まされたあげく、こんどはネプチューンが飛来してきたが、本来は約1分間の反撃の余裕があったはずだ。というのも、このミサイルは音速以下のスピードしかないからである。

ところが、意外なことが起こった。この決定的なときに、モスクワのレーダーはすでに飛来してくるミサイルを見失っていた。モスクワの作戦ルームにある電子戦闘デスクは、ミサイルの目標が1万2490トンのモスクワに固定されときから、このミサイルに集中することを強いられたはずである。海軍のエキスパートなら、ウクライナ製のミサイルなど叩き落せると思ったことだろう。しかし、不思議なことにモスクワの乗組員は何もしなかった。

在りし日の旗艦モスクワ


ふつう、こうした場合、目標とされた艦船では2つの選択肢があるという。ひとつが「ソフト・キル」でもうひとつが「ハード・キル」。ソフト・キルの場合には「おとり」をつかってミサイルを別の方向に引きつけるか、いったん固定した目標からミサイルをそらす。ハード・キルの場合には飛翔体を検知して迎撃することだ。たとえば、モスクワは6つの短距離近接システムを備え1分間に5000発の迎撃弾を発射できた。

ところが、退役海軍大佐のクリス・カールソンが、流出した映像から分析すると、モスクワの乗組員はそうしたシステムを作動させた形跡が認められないという。「被弾したモスクワのビデオからすると、この艦のレーダーは『常態での収納ポジション』にとどまったまま」だったというのである。警告のベルが鳴り響き、ミサイルに被弾して大規模な爆発がその後に続いた。このとき白熱した榴散弾が艦を引き裂き、飛び火してさらなる爆発を誘発したと思われる。

同日午後8時42分、モスクワへのミサイル命中の最初の報道が行われ、ウクライナではロシアの首都の名をつけた旗艦を撃破したことに対する、祝いの言葉が飛び交った。いっぽう、ロシアでは何も報じられず、しばらくしてから発表になったのは、モスクワは火災を起こして曳航中に沈没したという、あまりに捻じ曲げた話だけだった。

東部戦線でも苦戦が予想されている


さらに、アメリカもモスクワの撃沈にはかかわっていないと言い続けている。膨大な武器と資金を援助しているだけで十分に参戦しているといってよいのに、直接、情報を提供して作戦に加わったことだけは、いまのところ伏せておきたいらしい。しかし、ジャーナリズムの取材による分析とはいえ、これまで報道されたものだけでも、ほぼ事実関係は明らかになったといってよい。もはや敵対しているロシアは当然のことながら、世界中もアメリカが何をしているかは気づいている。

なお、このブログの「ロシアの旗艦モスクワ、最後の数時間の真相」では、先にアメリカのP8Aポセイドンが旗艦モスクワを発見して、それをウクライナにいる義勇軍に知らせ、それからウクライナ正規軍に伝わって、ドローンはいちおう確認のために飛ばしたと推論していた。このザ・タイムズの記事が正しいとすれば、最初にドローンがかなり高い上空で見つけ、それからたまたま近くにいたP8Aが確認したことになる。ここらへんの「たまたま」が気になるが、すでにそれだけウクライナ上空は、情報戦の空間になっているということだろう。

 

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