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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエルはなぜハマスの急襲を阻止できなかったのか;世界を不安定化しているのは誰だ

圧倒的な軍備と情報力を誇るイスラエルが、なぜハマスの急襲を阻止できなかったのか。そして、イスラエルのネタニヤフ首相による反撃は、これからどのように展開するのか。さらには、ウクライナやアフリカでの戦争が続いているなかで、この中東の「戦争」はどのような意味をもつのだろうか。まずは全体の構図とこの地域の歴史から思い返してみよう。


米外交誌フォーリンアフェアズ電子版10月7日付は、ハマスによる攻撃が始まった直後に、中東政治の専門家であるマーティン・インダイクにインタビューしている(「なぜハマスは攻撃したのか そして、なぜイスラエルは急襲されたのか」)。インダイクは1995年から97年、2000年から01年の2回、駐イスラエル米大使を務めている。つまり、米民主党系の中東外交専門家ということになるが、今回の事態を深刻に受け止めていることは間違いない。

BBC電子版より


まず、今回のハマスの急襲は、2001年のアルカイダによる多発テロに相当するのではないかとの質問に対しては、「イスラエル側から見れば、これはトータルにシステム的な失敗だといえる」と述べている。イスラエルパレスチナとの摩擦にある意味で慣れてしまって、圧倒的な情報力もハマスの動きを捉えそこなったのだという。

しかし、この急襲によるショックは大きく、「なぜこんなことが可能だったのか」「どうして強力な情報網と軍事力をもつイスラエルがここまでやられるのか」とイスラエル国民だけでなく、世界中の人たちが思っている。「それに対する適切な答えはないが、あえていえばイスラエルには慢心があった。強大な軍事力はハマスを抑え込み、特別な問題はないと信じ込んでいた」とインダイクは述べている。

あまり中東に興味のなかった人のために、簡単に歴史的背景を概説しておくと、1948年、イスラエルというユダヤ人の国家がアメリカの強い支援のもとに建国されたさい、この地域に住んでいたアラブ系住民が排除された。彼らはパレスチナを形成して対抗し続けてきたが、その後、パレスチナ内でも分裂があり、いまガザ地区を支配しているのはハマスと呼ばれる、イスラエルの徹底的な消滅を主張する、過激な思想をもつ党派なのである。(ちょっと荒っぽいが、全体の構図として念頭においてください)

BBC電子版より;イスラエル軍


では、なぜいまこのような前例のないような激しい攻撃を展開しているのか。それには背後に他国が控えているのだろうか。インダイクは「背後にイランがいて、いちいち指図しているとは思えない。しかし、イランがハマスと協力関係にあり、いまアラブ諸国に支持されているイスラエルとの融和に、くさびを打ち込みたいという点で利害関係が一致していることは間違いない」という。

少し前にアメリカのバイデン大統領が鳴り物入りで仲介して行われた、サウジアラビアイスラエルとの首脳会談などの動きは、イスラエルの消滅を目指すハマスだけでなく、シーア派イスラム国家であるがゆえに(スンニー派のほうが多い)、イスラム国のなかでも孤立しているイランも懸念しているわけである。

これからイスラエルのネタニヤフ首相が、どのようにハマスに反撃するのかについては、インディクはかなり懸念している。いまイスラエル軍が行っているように、激しい報復攻撃を続けると思われるが、では、その先にあるものは何だろうか。ハマスが引き下がらなければフルスケールの戦争を展開して、ハマスを排除するところまで行くかもしれない。しかし、それが達成されたとき、イスラエルのこの報復攻撃も行き詰まることになる。

たとえイスラエルハマスを殲滅してパレスチナの一部であるガザ地区ハマスの拠点)を占領したとしても、では「誰がここから出ていくことになるのか」「誰から先に出ていかせるのか」「いつ出ていかせるのか」などについて、イスラエルは納得のいく答えをもっていないからだ。「思い出してもみよう。そもそも、イスラエルはすでに2005年にガザ地域から引き上げてしまい、改めてこの紛争地に入植したい人などいないからである」。

ナショナル・インタレストより


こうした考察について、インタビューアーが「いまのイスラエル内政の不安定さが、ここでも影響を与えるか」と聞いているのに対して、インダイクは「いまの報復の試みは、すべて途中で行き詰ってしまうと思う」と語っている。「そして、ネタニヤフ首相は本当の問題に直面することになる。イスラエル国民を守らねばならないということだけでなく、今回生じたことに対する非難も回避しなくてはならない。私には彼がどうするのかわからない」。

最後の質問は、1973年のヨム・キプル戦争、つまり第4次中東戦争との関連だが、インダイクは「たしかに、あの戦争を思い出させるものだが、直接の関係はない」といいつつ、さまざまな点から無関係とはいいがたいことも示唆している。ヨム・キプルというのはユダヤ教最大の祭日で、イスラエルは戦争の準備はしていなかった。そこにエジプトとシリアが攻め込んで、イスラエルはみじめな敗北を味わうことになる。

「今回のハマスのケースが、まったく異なった種類の戦争であることを思い出す必要がある。1973年のエジプトとシリアは、イスラエルと戦っても和平に持ち込むことを考えていた。しかし、ハマスが目標としているのはイスラエルを破滅させるか、そこまでいかなくとも最大限弱体化させようとしている。ハマスイスラエルとの和平に興味はないのだ」

The Times of Israelより


こうしたハマスの特異性について指摘するいっぽう、なぜ急襲を受けたかについて最後に再論している。1973年にエジプトとシリアが攻めてくる可能性があったのに、イスラエルは強力な武装をしていたので(非公式ながら核武装も完了していた:東谷)、両国への注意深い観察を怠っていた。この点では今回のハマス急襲と同じといえるが、それは慢心という点で同じなだけで、ハマスの攻撃は1973年のときの戦争よりも、ずっと危険なものだとインダイクは繰り返し強調している。

少しだけ蛇足を付けたい。ハマスはいまもイスラエル南部で戦闘を続けているようだが、こうした紛争を見る場合、世界全体での構図まで視野を広げてみる必要がある。やはり大きな責任があるのがアメリカのバイデン大統領で、この人物が出かけて行って介入したり(サウジアラビアイスラエルの会談を仲介するとか)、ワシントンでごそごそ指図すると(ウクライナ侵攻の前年、黒海に同盟国31国の軍艦を参加させてロシアを威圧するとか)、さらに世界は不安定になる。もちろん、ハマスという存在がなければ今回の事態は起こらなかったが、次の紛争地を知りたければ、この人物がどこに介入するかを、懐疑の念をもって見たほうがよい気がする。