最大野党の労働党のかなりの部分が賛成に回ったため、英国下院は29日、総選挙を12月12日に前倒しして行う特例法案を賛成多数で可決した。この選挙がジョンソン首相の思い通りになるかは分からないが、EU離脱(ブレグジット)への国民の意思を、選挙のかたちで示すことに誘導することだけは達成したわけである。
しかし、考えてみればここまで来るには、国民投票による「ブレグジット」が決まってから、すでに3年もの年月が流れている。いったい何をしていたのかと思ってしまうが、実際には「離脱賛成/離脱反対」という単純な2分法では、とても理解できない複雑な事情を抱えていたことは確かなのである。
早分かりが信条のジャーナリズムは、この問題でもそれなりの役割を果たした。典型的だったのが、離脱投票から数ヵ月で出版されてベストセラーになった、デービッド・グッドハートの『どこかへの道(The Road to Somewhere)』 だった。
同書は英国が「高学歴の都市居住者でどこでも(anywhere)活躍できる国際人」と「急速な変化によって取り残された、どこかに(somewhere)属していたい人たち」とに分裂しており、ブレグジットは後者が推進したのだというわけである。
この本については最近も触れたことがあるが(「英メイ首相の辞任が意味するもの:国家再生の挫折」)、明解な2分法によるブレグジット早分かりとして日本でも一部で取り上げられ、この動きがアメリカのトランプ登場と同じ土壌にあるとして、国家の再評価の時代が来たというような議論をするひとたちもいた。
しかし、2分法による早分かりは日本でもよくあるように、社会を上流と下流に分けて論じたり、若者を意識が高いとか低いとかで分けて理解しても、「面白いけれどよく考えると何も分かっていない」ことになりがちである。この『どこかへの道』も同じで、出版されてすぐに批判が殺到した。
具体的に矛盾を指摘したのは、ロイターのコラムニストのピーター・ラーセンで、この本には重大な欠陥があると論じた。「英国で最も外国人が少ない地域において、反移民感情が最も強くなることがよくある理由を説明していない。また、経済不安は、数世代前から英国で暮らす南アジア出身のマイノリティーと比較的新しい東欧出身者との文化的対立だと混同している」(ロイター電子版2017年4月4日付)。
(afpbb.comより)
切れ味のよい2分法でも3分法でもいいが、それが現実を分析できるかどうかためすには、対象になる現象のデータを図版にしてみればよい。グッドハートの本の評判を聞いたころ、ブレグジットへの賛成と反対の地域性を表示したAFPの地図(上)をみたとき、問題はそれほど簡単ではないと思ったものだ。
こんどの英国の総選挙とそれ以後がどうなるのかについては、さまざまな世論調査があるので、次に並べてみたい。これらのグラフを見れば、ずっとシンプルに予想がつくような気もするが、これだって何段階もの単純化をへてのグラフである。
(POLITICOPRのデータをもとに東谷作成)
まず、選挙はどうなるかだが、世論調査会社Politicoproのジョンソン首相就任時と10月25日のものをグラフにした(上)。あきらかに、保守党の支持率は上昇しており、今回、労働党のコービン党首の賭けが、どれほど大胆であったかが分かるのである。
さて、肝心の英国民がブレグジットをどのように考えているかは、少し前ので恐縮だが、BBCが2019年9月7日に報じた、ストラスクライド大学のジョン・カーティス教授が発表した世論調査をもとにしたグラフと分析を紹介しておきたい。まずは、ブレグジットに賛成か反対かだが、これは報道と同じく接戦といっていいだろう。
(bbc.comより)
しかし、次のカーティス教授の分析は、なかなか興味深い。下のグラフを示しながら、「2016年の国民投票でEU離脱に投票したか、それとも残留に投票したかで、合意なし離脱への態度ははっきり別れる。2016年に離脱に投票した人(Voted Leave)の73%は合意なしに離脱に賛成だが、残留に投票した人(Voted Remein)の76%は合意なしに離脱に反対している」と指摘している。
(bbc.comより)
2016年の選挙が、いまの選挙民の見解にどのような影響を与えたかも追究している。「2016年当時は、有権者の52%が離脱を支持し、48%が残留を支持した。ではなぜ今年夏の世論調査では、合意なしの離脱への反対が賛成を上回っているのか。『2016年に投票しなかった人たち』というのが、その答えだ。2016年に投票しなかった有権者で、合意なしに離脱を支持するのはわずか21%。反対はその43%に上る」。
次のグラフは、それぞれの方が分析して判断していただくことにしたい。もちろん、このデータが載っているBBCの記事はネットで読めるので、まず、ある程度の判断をしてから、カーティス教授の分析を読んでいただければと思う(「イギリスの有権者は合意なしブレグジットを支持しているのか」)。
(bbc.comより)
少しだけ述べておくと、カーチス教授が示唆しているのは、やはり英国民のかなりの部分が、合意なき離脱は避けたいと思っているということで、それがこのグラフに反映しているというわけである。9月17日にEUとの新離脱案の合意を得た上で、ジョンソン首相は勝負に出たということだろう。
では、このままの傾向が続いて、ジョンソン首相の保守党が勝利した後はどうなるのか。それは、多くのトラブルをどこまで解消していけるかにかかっている。選挙という単純化のプロセスが終われば、再び先ほどの地図のような錯綜した現実に戻っていく。ジョンソンの英国がどのくらい継続するかは、彼がこの複雑さにどこまで耐えるかだろう。何ひとつ簡単に解決するものなどない。
【付記】
12月12日、BBCは出口調査をもとに、下院650議席のうちジョンソンの保守党が368議席、それにたいして労働党は191議席にとどまると予想した。まもなく、ジョンソンはツイッターで「ありがとう」と述べて、事実上の勝利宣言をした。(日本時間12日12時26分)
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