HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシア軍の一部がウクライナ国境沿いから撤退;それが本当に平和への合図なのか?

ロシア政府は、2月14日、ウクライナ国境近くから軍隊の一部を撤退させると発表した。同日、ロシアの金融市場は株式もルーブル国債も急伸した。しかし、英国政府などはかなり懐疑的で、まだ信用するわけにはいかないと考えているようだ。ともかく、2月15日に世界を駆け回った「ロシア軍の一部撤退」のニュースを見ておこう。

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このニュースを最初に目にしたのは、ロイターの2月15日(6:57グリニッジ標準時)の「市場はロシア軍のウクライナからの引き揚げを知って上昇」という記事だった。その少し後に英紙ザ・タイムズ2月15日(9:55グリニッジ標準時)の「ロシアは演習の後にウクライナから引き揚げると発表」という、かなり長い記事を見つけた。

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The Timesより:ウクライナを取り巻くロシア軍


まずはロイターに従って、簡単にまとめておこう。「ロシアの金融市場は2月14日、ロシアがウクライナ国境近くから引き揚げると報じられると、強く反発した。それはドイツのオラフ・ショルツ首相がモスクワに飛び、プーチンとの会談を行っていたときだった」。この一部軍隊の引き揚げ情報は、ロイター日本版2月15日付によれば「インタファクス通信が報じた」ものだった。

日本でもNHKラジオなどが比較的早く報じたが、ロシア側の意図についてはさまざまな見方がある。「国営ロシア通信(RIA)が公開した国防省提供のビデオ映像には、戦車などの装甲車が貨車に積み込まれる様子が写っている」(日本版ロイター)というのだが、インタファクスといいRIAといい、情報のほとんどをロシアが提供している。一部軍隊の移動が嘘ではないにしても、それがロシア政府の言っていた「まったくウクライナ侵攻の意図はない」ということの証明なのかは不明である。

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The Timesより:英トラス外相と露ラブロフ外相


英国政府はロシアのラブロフ外相との会談が、まったく不首尾に終わったこともあってか、かなり冷ややかな反応をしている。「ロシアは侵攻の計画はないといっているが、軍隊のすべてを引き揚げるまでは、その言葉を信じるわけにはいかない」と、英国のリズ・トラス外相はコメントしている。

そもそもロシア側の発表もかなり「含み」のあるもので、ロシアの国防相は「いくつかの軍事演習は継続されるが、いくつかはすでに終了しており、また、ほかの演習も終わりつつある」などと述べていて、つかみどころのないものだ。ロシアとベラルーシとの合同演習も、今週の日曜日には終えることになっていると言っているようだが、これもまだ確かなことは分からない。こうした曖昧さは、複数の相手をゆすぶって亀裂を生み出し、交渉を自分たちに有利にするものと考えたほうがいいだろう。

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faz.comより:左がショルツ首相、右がプーチン大統領

もうひとつ注目してよいのは、ドイツのショルツ首相がこの経緯にはからんでいるとロイターは見ていることだ。ロシアに対して西側諸政府からのメッセージとして、ロシアとの対話については、常にオープンな姿勢でいるとショルツは伝えたと報じている。さらに、ロシアがウクライナに攻撃をしかければ、西側諸国はロシアに制裁を加えるだろうとも付け加えたという。

しかし、ロイターの見るところ、経済関係が深いドイツが制裁を加えるといっていることは、ロシアも一定のショックを受けたかもしれないが、同時にドイツがロシアの天然ガスの最大の消費国であることは、そのこと自体がドイツの駆け引きの制約にもなる。ドイツは考えようによっては、西側の「もっとも弱い環」なのだ。

ロシアが交渉において、さまざまな駆け引きを仕掛けるのは、日本もたとえば北方領土問題で分かっていることだ。解決法が複数あるかのように話を進め、相手側の判断を分裂させるのも、この国の外交術なのではないのか。ちょっとくらいの部隊の移動が、ウクライナ問題の解決につながると考えるのは、あまりに楽観的すぎるだろう。