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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ東部での戦争はどうなる;きわめて熾烈で残酷な戦いになる理由

ロシアがウクライナの首都キーウの攻略をいったんあきらめて、東部のドンバス攻略に集中するというニュースは、すでに世界中に行き渡っている。では、そこではどのような戦争が行われるのだろうか。また、なぜ、ロシアはドンバスならば有利な戦争ができると考えているのか。そしてそれは、果たしてロシアに本当に有利になるのだろうか。


英経済紙フィナンシャルタイムズ紙4月25日付は少し長めの「ドンバスでの戦い:この戦争の本当の正念場」を掲載している。日本の一部の報道ではこの記事がロシアの戦略転換の根拠とされているようだが、キーウからルハンスクとドネツクの両地域を合わせたドンバスに戦線を移すことは、すでに盛んに報じられている。むしろ、この記事が述べているのは、攻めるロシアも守るウクライナも、最終的な目標は変わっていないということなのである。

先回りしてこの最終的な目標をおさらいしてしまおう。まず、ウクライナだが、当然のことだが、ロシアの攻撃を跳ね返して、領土をまったく切り取られずにしのぐというのが、ベストの「勝利」ということである。いっぽう、ロシアにとっての「勝利」はウクライナの「勝利」の裏返しで、このドンバスの戦いでキーウ攻略の失敗を御破算にして、ウクライナNATO接近を断念させ、同時に本来自国の領土だというウクライナの領土の一部を確保するということである。

ft.comより:東部での戦いは決定的なものになる


そこで、キーウ攻略とドンバス攻略の根本的な違いとは何になるか。同紙によれば、キーウの場合の戦いというのが、ウクライナ側のゲリラ的な作戦と、NATO側からの最新兵器の供与によって、ロシアが思わぬ不覚を取った。それに対しドンバスならばロシア国境に接した地域なので、従来のロシア軍の戦いが可能になるという。具体的には、多くの戦車を繰り出し、多くの砲兵を投入し、空からの爆撃を行い、ミサイルで攻撃するという、ロシアがもつ戦争のための資源を十分に投入できるというわけだ。

この種のロシア軍の戦い方の実例として、同紙は最近行われたルハンスクにある人口2万人弱のクレミナ攻略を紹介してる。ロシアはこの小さな町を攻略するに際して、戦車や大砲、完璧な装備の兵隊を、3方向から突入させて占領している。このときウクライナ軍は撤退したという。つまり、これはこれから繰り広げられる、ロシア軍が有利に戦うドンバス戦の「予行演習」だったのかもしれない。

ft.comより:塹壕戦は第1次世界大戦に似てきたといわれる


もちろん、これには反論がある。ドンバスにいるウクライナ軍は、すでに2014年のロシアによるクリミア併合以降、常駐して親ロシア勢力と戦って、国内への侵入を食い止めてきた。そこにロシア軍が大挙してきたとしても、この土地での戦い方に習熟した兵士たちが待ち構えている。さらには、アメリカの国防長官と国務長官がキーウを訪れて約束した、巨額のウクライナへの援助がある限り、キーウでロシア軍を撃破した武器が、もっと供給されるはずだというわけである。

こうした切迫した状況がいまドンバスに生まれているわけだが、では、攻めるほうのロシアは当面の作戦をどうするのか。これはウクライナにおける、いまのロシア軍の勢力地図を見ればすぐに分かることで、ドンバスを含むウクライナ東部から、すでに併合しているクリミアにかけての地域、つまりマリウポリを含む「陸橋」あるいは「回廊」を確保すると見るのが自然だろう。これまでも、マリウポリにこだわっているのは、この2つの地域をつなげることが、東部戦略の中心だからだと指摘されてきた。

読売新聞より:東部とクリミアをつなぐ陸橋ができるか


そして、ロシア側にとってもうひとつ、大きな条件がある。それは5月9日に予定されている、ロシア(旧ソ連)の対ナチス戦勝記念日に、このドンバス攻略の達成とまではいかなくても、明るい見通しをプーチン赤の広場で発表できることである。あるシンクタンクのロシア担当者は「私自身はそうしたフェティシズムは信じていないが、ロシア軍としてはそうした成功の話題をもたらすことも大事なのだ」と述べている。物理的には全面的な衝突、そして、はずせない心理かつ政治における制約。ということは、プーチンは何があっても、もう後には下がれないのだ。

こうした諸条件のなかで行われる戦いというのは、苛烈になることを逃れられないのではないだろうか。すでにウクライナ側のドンバス地域の知事は、住民に退去することを勧めているという。「ロシア軍につかまると強制労働か軍隊に加わるかを聞かれて、両方を断ればその場で殺される。この地域の住民が救われるには脱出するしかない。バスはすでに待っている」というのが、この知事によるメッセージである。