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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシア民間軍事会社ワグネルからの脱走者が語る;いまの傭兵が味わう恐怖と屈辱

ロシアの民間軍事会社ワグネルからの離脱者たちが、ノルウェーへの亡命を希望した事件があった。これでワグネルの戦争犯罪が赤裸々に明かされると指摘されるいっぽう、この亡命希望者たちには同種の犯罪歴がないのかが問われている。民間軍事会社という言い方はイラク戦争以降定着したが、昔風にいえば傭兵である。今回の事件もロシア軍の犯罪性を解明すると同時に、そこに現代の傭兵の行動パターンを見ることができる。


米紙ワシントンポスト1月17日号は「ロシアの元ワグネル兵士たちがノルウェーへの亡命を求めていると、同国当局が発表」は、短い記事だが、なかなか興味深い内容を含んでいるので紹介しておきたい。まず、このワグネルから離脱したグループの代表アンドレイ・メドヴェージェフが、ノルウェーに亡命したいと希望していると、同国の移民局が発表したことから、今回の事件が明らかになった。

亡命したいというなら、すぐに受け入れてやればいいではないかと、思う人もいるかもしれないが、そう簡単な話ではない。メドヴェージェフたちがいったいなぜ、ワグネルを離脱したのか、また、彼らの行動の背後になにか秘密があるのではないのか等々、調べるのが当然だろう。そこでノルウェー当局は、先週の金曜日にメドヴェージェフたちを拘束して、それからいろいろ調べたうえで、彼らの希望を公表したというわけだ。

ft,comより:ワグネルよりの脱走者メドヴェージェフ


その調査の結果はまだハッキリしていないようだが、だいたいの感触は得られたというところだろう。詳細な内容についてはコメントを控えていうようだが、受け入れる方向ではないかと思われる。すでにメドヴェージェフたちにはノルウェー人の弁護士がついて、彼らの権利を守りつつ、いまのところは口を重くしているという状態らしい。また、ノルウェーの人権団体グラグ・ネットが間に入っていて、そのトップであるウラジミール・オセチキンは次のようにコメントをしている。

「メドヴェージェフは、ワグネルの中心人物イフゲニー・プリゴジンたちが犯してきた多くの処刑行為や国際法に違反した殺害の目撃者となった。ワグネルは、ウクライナ軍と戦うことを拒み組織から離れたいと希望する『拒否者』たちを、処刑あるいは殺してきたのだ。この自称・義勇軍組織というのは事実上ロシア軍であって、メンバーは戦うように強制されてウクライナ軍と戦闘してきた」

今週の初めにオセチキンがネットに投稿したビデオには、メドヴェージェフが自分はワグネルによる潜在的な戦闘について、国際機関と協力して探索する用意があると述べている映像がある。ワグネルは、ウクライナ戦争においてロシア軍の戦闘において際立った貢献をしてきたことは、よく知られている。しかも、クレムリンに深く食い込んでウクライナで戦っているだけでなく、これまでもリビア、シリア、中央アフリカ、マリなどで残虐行為を行ない、国際的に激しい批判を受けている。

ft.comより:ワグネルの総帥プリゴジン


こうしたノルウェー発の発表に対して、ワグネルのプリゴジンは、メドヴェージェフという人物はたしかにワグネルにいたが、もともと「ノルウェー市民」だったのに(それを隠し)、捕虜にたいする虐待行為を行ってきたとコメントしている。また、アメリカの情報筋によれば、ワグネルは5万人の戦士からなっているが、そのうち4万人がロシアの刑務所で刑期を送っていた犯罪者からなっていると指摘している。また、メドヴェージェフ自身については「彼がどのような経緯でワグネルに参加したのか不明である」としているらしい。

なぜ、このように亡命希望者のアイデンティティをあれこれ調べるかといえば、これまでも、ロシア軍からの脱走兵に亡命の意図がはっきりしない人物がいたからである。今回のワグネル所属の兵士の亡命希望は最初だと、一部では報じられているが、実は、昨年11月にもイフゲニー・ヌージンという55歳の男が逃亡してきて、ウクライナ軍に拘束されたことがあった。

ワシントンタイムズより;現代の傭兵部隊ワグネル


ところが、このヌージンという男は、ワグネルが流したと思われるビデオでは、大型ハンマーで殺人を犯している様子が映し出された。おそらく、ワグネルが自分たちの下から逃亡したヌージンの信用を、下落させるために流したのだろう。亡命者を受け入れるノルウェーとしては、こうした単なる凶悪な犯罪者の逃亡にすぎない場合もあることを、想定しなくてはならないのである。

このような心配が西側に生まれたのを見越してか、この日曜日には前出の人権団体グラグ・ネットのオセチンが、メドヴェージェフが登場するビデオをネットに公開している。英経済紙フィナンシャルタイムズ1月17日付の「ワグネルの兵士たちは劇的な逃亡の後、ノルウェーへの亡命を希望」によれば、メドヴェージェフはウクライナでの戦闘を4カ月続けたあと、11月に戦線から離脱したという。

 

ワグネルは、メドヴェージェフに対して傭兵契約の延長を持ちかけたが、彼は拒否してロシア国内で2カ月ほど潜伏し、それから仲間たちと氷結した川を渡ってノルウェーとの国境を越えたという。その間も、ロシア軍の銃撃や軍用犬の追跡があり、命からがらノルウェーに到着したと語っている。かなり具体的なことが含まれていてリアリティがあるが、彼がこれから何をするかはまったく発表されていない。

こうした民間軍事会社あるいは傭兵集団が、いまの戦争ではかなりの規模になっていることは、前述したように、イラク戦争のころから注目されるようになった。イラクの占領に参加したアメリカの民間軍事会社のメンバーが、いくつもの問題を起こしたため、否応なく世界に注目されたわけである。もちろん、米国籍や英国籍の民間軍事会社ウクライナ側にメンバーを派遣していることは確実である。ただし、彼らは「ボランティア」という名称で、アメリカが提供した高性能武器の扱い方のインストラクターとして、役割を果たしているようである。