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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ついにプリゴジンが殺害された;なぜ今なのか、そして影響はどうか

プリゴジンが殺害された。もちろん、ロシア当局は事故であるかのように発表すると思われるが、これはモスクワ行進といわれた反乱への報復であり、見せしめだと考えて間違いない。旧ソ連時代はもちろんのこと、ロシアになってからも、権力への反逆者は何らかのかたちで死をもって排除されてきた。プリゴジンの場合は、なぜ今なのか、そして、その影響はどうなのか、ということだけが問題だろう。

 

独紙フランクフルター・アルゲマイネ8月23日付は「傭兵隊長プリゴジンが殺された」との記事を掲載した。「殺された(ゲテーテット)」と報じても、誰も違和感を感じないところが、この事件の核心と言えるだろう。同記事によれば、モスクワからサンクトペテルブルグに向かうRA02795というジェット機が墜落した。

このジェットはイフゲニー・プリゴジンの持ち物で、このとき7人の乗客と3人の乗務員が乗っていた。そのなかにプリゴジンもいたことが搭乗記録から分かったという。全員死亡したらしいと、現地時間7時20分、ソーシャルメディアの「テレグラム」に投稿があった。場所はテブレ県のクシェンキノ村で、墜落して炎上している写真も、すでに報道機関によって公開されている。

フランクフルター紙より;モスクワからサンクトペテルブルクに向かっていた


いうまでもないことだが、こうなることは分かっていた。アメリカのCIA長官ビル・バーンズは、英経済誌ジ・エコノミスト8月23日号の「プリゴジンが死んだというニュースはプーチンの権力を確かなものにするだろう」という記事のなかで「プリゴジンが逃げ切ることができたとすれば、そのほうがよっぽど驚きだったろう」と語っている。

そもそも、アメリカのバイデン大統領すら「まだ何が起こったかは分からないが、私はまったく驚かない」と述べており、「この背景にプーチンがいないなどということはありえない」とまで断言してしまっている(ちょっとはしゃぎすぎと思うが)。同誌は、ロシア当局がパイロットのミスだったと発表するだろうが、ロシア国民のだれ一人として信じないだろうと締めくくっている。


素人目にみても、プリゴジンと関係が深いとされていた空軍司令官のセルゲイ・スロビキンが8月23日に解任されたとき、いよいよプリゴジンの命脈は尽きたと言える。ロシア軍内部でプリゴジンに近い有力軍人たちを処分してしまい、そのうえでプリゴジンを殺害するというのは、きわめて自然(もちろんロシアのこれまでのやり方からしてだが)だった。

したがって、プリゴジンは何が何でも姿を消してしまわなければならないのに、ソーシャルメディアに登場してみせていたのは、もうこれはダメだから、最期の前にあいさつをしておこうということだったのかもしれない。あるいは、アフリカにいるような格好をしていたのは、単に苦し紛れのカモフラージュ(と報じているメディアもある)だったのだろう。

ジ・エコノミストより:墜落して炎上するジェット機


さて、その影響だが、ウクライナ戦線において、ロシア兵の士気に影響があるのではないかとしている関係者もいるようだが、どうもそれは楽観的なのではないかと思われる。プーチンが最終的にこの措置に「ゴー」を出したのは、スロビキン更迭に見られるように、もうすでに軍内の指揮系統に動揺は少ないと見込んだからで、ロシア軍のように背後から脅迫的に兵士を急き立てる戦闘法を取っている軍隊には、それを強化するだけのように思える。

ジ・エコノミストは「プーチンの権威は高まる」とタイトルで掲げ、すぐ後にサブタイトルで「それはロシアがマフィア国家であることを証明したことになる」と続けているのは、まさに国内に対してと同様に軍隊内でも「恐怖」が最大のモチーフであるからだ。それはこれまでのロシア(ソ連)の戦闘を思い出せばすぐに理解できる。ロシア民族の強さなどとロマンチックなことをいう人もいるが、ナポレオン戦争日露戦争第一次世界大戦ノモンハン事件第二次世界大戦での兵士の損耗率を見れば、かなり欧米とは異なっていることに気が付くのである。


もちろん、あまりの負け戦になれば、アフガン戦争のように士気が下落していくし、ソ連崩壊期のように軍隊からの脱出もあるかもしれない。しかし、そうなったときにはプーチンのロシアが終わるときで、まだGDPの約3%しか使っていない戦争でそこまでいくとは思えない。そもそも、モスクワ行進で英雄視された(と報じられた)プリゴジンだが、その正体は若者の生命を金に変換してきた悪辣な傭兵隊経営者であって、ロシア国民がそのことを思い出せばそれで妙なシンパシーも終わりである。

「裏切り者は許さない」とのプーチンの鉄則が貫徹することによって、プーチンは支配者としての地位を延命させるというのが、この事件の妥当な評価ではないだろうか。もちろん、そのために国民の人気は多少落ちるかもしれないが、スターリンも愛読したマキャベリの『君主論』にある「愛されるよりも恐れられたほうがいい」は、いま危機にあるロシアにとって真理である。