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東谷暁による「事件」に対する解釈論

菅義偉政権は短期で終わらないのでは?;首相になれば強い権力の行使が可能だ

次の首相は菅義偉官房長官で決まりというのは、まず間違いないだろう。では、菅政権は来年の9月までの中継ぎ・短期政権にすぎないというのはどうだろうか。派閥の談合で決まったというのは本当のことだろうが、だからといって自民党のなかの派閥力学がすべてを決めるわけではないのである。

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これまで「短期政権」といわれたものを振り返ってみよう。三木武夫政権は、まさにドタバタによって生まれた短期政権だといわれた。1974年に田中角栄金権政治の権化として世論の指弾をあびて退陣した後(誤解している人が多いが、ロッキード事件で失脚したわけではない)、自民党が「クリーン」のイメージをもつ三木を後釜に据えた。もちろん、中継ぎのつもりだった。

ところが、三木政権は1974年12月9日から1976年12月24日まで、つまり、2年余政権を維持した。これは、それほどの党内勢力を持たない三木首相にしては意外な健闘といえる。クリーンのイメージがあったとはいえ、まさに党人派政治家として組織内力学を熟知していた、三木ならではの手腕が発揮されたものだった。

また、鈴木善幸政権も同じように暫定・短期政権と見なされていた。このときは、激しい党内の権力闘争のすえに、大平正芳首相が選挙に打って出て、しかも、その選挙中に急死するという異常事態を受けて成立したのが鈴木内閣であり、「黒子が舞台の前面に出た」などといわれるほど意外な政権だった。

この鈴木政権もまた、1980年7月17日から1982年11月27日まで、ほぼ2年4カ月続いた。もともと、大平を死に追いやったのは、自民党内部の抗争だったといってよく、その内乱状態を収めるかたちで生まれたので、鈴木首相は「和の政治」を掲げて、ずるずると政権を継続させていった。

もちろん、2年から3年というのは、ひとつの政権が独自の政策を実現させるには、短すぎる時間である。しかし、政治家が権力を手にした喜びを味わったり、また恐怖を感じるには十分だ。自民党小泉純一郎政権のあと、第1次安倍晋三政権、福田康夫政権、麻生太郎政権が、どれも1年ほどで崩壊した。その後の民主党政権も、鳩山、菅、野田も短かった記憶が新しいので、暫定・短期というと1年くらいかと思ってしまう。

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しかし、いったん政権が成立すれば、総理大臣には強大な権限が手に入るので、その気になれば、かなりのことができる。ほんとうに短期だったのは、女性問題であっという間に失脚した、宇野宗佑政権の1989年6月3日から同年8月10日までの69日だが(これは短期政権の第4位である)、よほどの異常事態でもなければ、それなりの時間は維持できるものなのである。

こうした歴史的な例を考慮すれば、菅政権が1年後の任期を超えて生き延びることは十分に考えられる。ましてや、菅官房長官は官僚との関係は良好だといわれ、また、自民党内の目配りも巧みだとされる。本来は首相に仕えて発揮するべき能力が、こんどは自分の政権を長期化するのに、十二分につかわれる可能性は高いだろう。

そんなことは、二階幹事長や麻生副総理といった、彼を推戴した老練な政治家たちが許さないだろうという人がいるかもしれない。菅政権は微妙な勢力均衡の上の政権であり、それを生み出した者たちが生殺与奪の権利をもっているというわけだ。しかしながら、すでに「『二階さんは急ぎ過ぎた』の本当の意味」で書いたように、必ずしも今回の菅擁立では、彼らの「老練」が発揮されたとはいえない。

二階幹事長が狙ったのが、二階派が利権やポストを最大化することだったとすれば、あまりに拙速に菅官房長官への支持を表明したため、麻生派竹下派細田派を刺激しすぎて相乗りを招いてしまった。相乗りするのは2派閥くらいでいいのに、ほとんど全部が集結するという結果を招いて、自派の取り分を減らしたのである。

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また、麻生副大臣は自分とは相性の悪い菅官房長官が、二階幹事長と結んだことに気がついて焦ったが、そのためキングメーカーの地位から転げ落ちてしまった。もう、残されたのは、便乗することによって、利権とポストのマイナスを最小限に食い止めることだけだった。

しかし、かつての麻生副総理ならば、別の手口を思いついたかもしれない。第1回目の投票では岸田派などと連携して菅官房長官過半数を取るのを阻止し、第2回目の決選投票で含みを持って菅官房長官を支持して、安倍政権誕生で手にしたキングメーカーとしての地位を、保持・拡大するということも可能だったはずである。

事実、第2次安倍政権が成立したさいには、麻生副総理はこうした手口をつかっている。最初は石原伸晃を支持しておきながら、安倍首相の芽がでてきた段階で、地方では圧倒的な勝利をおさめていた、自分とは相いれない石破茂の当選を阻止すると同時に、安倍支持に回って自分の権力を強化したわけである。

こうしてみると、二階、麻生といった長老たちの政治勘は意外に劣化していて、実は、今回の「談合」や「密室政治」を誘導したのは、菅官房長官その人であったかもしれない。とすれば、来年9月時点では、年齢からいっても二階や麻生はさらに精彩を欠いてしまう可能性が高く、菅首相が単純に派閥政治に引きずられると考えるのは、浅はかかもしれないのだ。

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逆に、菅政権が短期になってしまう原因を考えておくほうが、1年後が見えてくるかもしれない。それはほかでもない、菅官房長官その人の性格あるいは経歴にあるとみるべきだろう。まず、菅官房長官は理想を追うよりも、現実を見据えた対処を重視するタイプであるといわれる。そして、それは苦学して大学を卒業し、地方議員から着実に実績を上げながら国会議員となり、さらには首相になろうとしているという苦節の人生と深い関係を持っている。

官房長官のこうした人生を振り返れば推測できるように、まさに「立志伝中」といってよい、見事な克己と自力による出世を実現した人物である。その点、称賛されこそすれ、あれこれ揚げ足取りするほうが、気後れしてしまうほどといえる。

ここではあえて、そういう人が政治家になったとき、どのような政策や人事を行うようになるかを、これまでの歴史上の人物を思い出しながら考えてみよう。まず、政策においては、人間の努力を前提する傾向が強くなり、また、自分と同じように自力によって這い上がるタイプへの信頼度が高い人事をするようになりがちである。

したがって、政策においては、それぞれの人間が自力で事業を起こし、新しい試みへのリスクを自ら引き受け経済を活性化させるという、構造改革派的な傾向の政策に傾きがちである。ここらへんは、高度成長期の体現者であった田中角栄などとは、苦学したという経歴は同じでも、低成長でゼロサム時代の菅官房長官は明らかに違う。

しかし、いまの状況を考えれば、世界はコロナ禍のなかにあり、たとえ自助の精神を重んじるべき局面においても、何らかの政策的措置によってサポートしつつ、生活や経済を維持する政策がどうしても必要なのである。そのことを、客観的に見ることができるかどうかが、ひとつの難関といってよい。

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こうした時代に、構造改革路線的な感覚をもっている政治家が、はたして効果のある政策を打ち出せるものなのか。安倍政権においては名門生まれの首相が、人気取りのために行う財政支出に対して、菅官房長官はかなり懐疑的だったはずだ。コロナ対策においても、経済活動の制約については否定的だった。これからのポスト・コロナ時代において衰弱した社会と経済を前に、はたして菅官房長官のセンスは有効なのだろうか。

もうひとつの人事については、こうした社会観と経済観から導かれる人間評価を考えれば、評価する対象となる人間は、あくまで自らの経済力や地位を向上させようとするタイプに集中するだろう。また、甘ったるい理想を口にしても、実行能力のない人間には、軽蔑の念すら抱いているということは十分考えられる。

しかし、この性格はひとつまちがうと、とんでもない人間たちを周りに侍らすことにつながる。すでに明らかになっているように、河井克行・杏里夫妻の問題は、実は菅幹事長の政治資金差配問題でもある。また、IR問題で逮捕された秋元司議員は二階派だったが、これは実は菅官房長官も推進している、野放図でリスクもある観光立国政策に深く関係している。

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あえてもうひとつ加えておくと、この地位まで上り詰める最近の政治家には珍しく、ほとんど外交や軍事については発言したことがなく、何らかの見解を示したことも皆無といってよいことだ。たしか、第1次安倍政権の時代だったと思うが、インタビューに答えて、自分のような経歴の政治家は、安倍首相のように政治一家に生まれた人間と違い、アメリカとの関係がああだとか、国際戦略がこうだというようなことを語る素地はないと認めていた。

 こうした、菅官房長官の性格や経歴は、官房長官を務めているぶんには、何の問題ももたらさなかった。むしろ、そうした菅という人間を作り出している背景は、官房長官を務めるさいにはプラスに働いていたとすらいえる。しかし、いったん総理大臣の席に座ったとき、プラスだったものが、まったくマイナスに働く。それはおそらく、高い確率で生まれてくる事態だと思われるのである。

 

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