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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ワクチンの試験中止に驚く必要はない;経済か自粛かの議論より分野別の各論が重要だ

新型コロナウイルスのワクチン開発のなかで、最先端を走っていたとされるアストラゼネカ社が、最終段階の治験を一時中止したことがわかって、世界に衝撃が走っている。同社のスポークスマンによれば、「治験者に不明の症状が出たときの所定の措置」とのことだ。

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最初にこの情報を発信したのは、医療健康産業専門のウェブサイト「スタットニュース」で、9月8日夜、英国で最終段階の治験を受けていたボランティアに何らかの症状が見られたと報じたという。その後、有害反応が見られたとされたのは1人であり、すでに回復したとの情報もある。

 アストラゼネカ社はオックスフォード大学とともに、ワクチン開発で治験の第3段階にあり、英国で1万人以上のボランティアにワクチンを接種するほか、ブラジルで5000人、南アメリカでも2000人に接種を進めているといわれる。

 この治験中止は、同社によればプロジェクト中止を意味するものではなく、「規模の大きな治験では、たまたま具合の悪くなる人が出ることがあり、独立したチェック機関によって精査されることになる」とのことである(ザ・タイムズ9月9日付)。

 もちろん、正式に接種が行われているワクチンでも副作用が生まれることがあり、それは織り込み済みのことだが、いまの治験の段階で次々と副作用が発見される事態があるのだろうか。英国のある疫学者によれば「第3段階になってから、何千人も有害反応を起こすようなことは考えられない」と述べている。

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アメリカのトランプ大統領は大統領選挙対策として、この11月からのコロナワクチン接種を打ち出して、多くの批判を浴びている。アストラゼネカ社を含む9社のコロナワクチン開発企業が、コロナワクチン開発競争において、開発段階の省略は危険を招くだけだと警告を発したのは、まさにこの9月8日のことだ。

 ブルームバーグ電子版の9月9日付によると、アメリカの証券市場ではアストラゼネカの株価は下落し、他の製薬会社の株価が急上昇した(時間外取引ではアストラゼネカは8.3%もの下落)。そしてまた、コロナ禍に苦しむ世界中の人たちが、暗い気持ちになった。しかし、これからも、こうした治験の一時的な中止は起こることなので、すべてに一喜一憂しているわけにはいかない。

 まず、たとえコロナワクチンが完成したとしても、大雑把にいってしまえばインフルエンザと同じレベルになっただけのことである。そのことを確認すべきだろう。たとえワクチンがあっても対策がぞんざいであれば、インフルエンザがそうであるように、年間に数千人から数万人の犠牲者がでるかもしれない。まだ、インフルエンザほどの研究蓄積がないのだから、ワクチン完成でコロナ禍が消滅するというのは楽観的すぎる。

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また、こうした事情と関連するが、ワクチンだけでなく治療薬の開発をもっと推進すべきだという意見は多い。インフルエンザの場合、その年に流行るウイルスの型によって、ほとんど効果がないようなことも起こっている。それに対して、症状をやわらげる治療薬のほうが、医療としては実践的にずっと効果があるという人もいる。

 さらに、いま流行りの「経済をとるか、自粛をとるか」といった、「あれか、これか」の大雑把な煽りの議論は、もういいかげんにやめてはどうだろうか。すでに、新型コロナウイルスの感染については多少の研究蓄積がある。感染の起こりがちな状況とそうでない状況はかなり分かってきた。もう、いまや総論ではなく地道な各論で対処すべき段階である。

 

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