HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

本当に集団免疫でコロナを乗り切れるのか;英米の論争から現実を読み取る

感染しても抵抗力のある若い人たちがコロナに感染するままにまかせて、そのいっぽうで死亡の危険のある高齢者を隔離すれば、「集団免疫」が形成されるので、いまのコロナ禍は解決する。この日本でも多くの人の興味を掻き立てた「解決策」が、英国とアメリカで再び声高に主張されて論争になり、専門家たちが激しく批判する一幕があった。

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そもそもの始まりは、学者3人からなるグループが「グレート・バリントン宣言」なるものを発して、集団免疫によるコロナ対策を本格化すれば、たちまちのうちに解決するとぶち上げた。どのような反応があったかは、日本でもこの類の議論を借用して、あたかも日本の救世主のようにふるまった人たちがいたので類推できるだろう。

 これに対する反応は英米でほぼ同時に、しかも、同じようなパターンで主張された。まず、アメリカだが、いうまでもなくトランプ大統領の側近が記者団を集めて、トランプの大統領再選の材料にしようとした。10月15日のことだった。これに対しては、有名な感染学者ファウチを始めとする科学者たち80名が反対を表明して、「危険な誤信だ」と批判した(ウォール・ストリート紙10月19日付)。

 英国のほうでは、若手の保守党政治家たちが先の「宣言」を担ぎ出して、この戦略によってコロナに立ち向かえばたちどころに解決だと主張した。しかし、英国の科学アドバイザーグループ(セイジ、Sage)が、この集団免疫を前提とする戦略を批判して、だいたい次のように述べたという(ザ・タイムズ10月22日付)。

 「このプランは『実行不可能』なものというしかない。というのは、ウイルスが拡散するなかで、若い健康な人と高齢者を分離するのは不可能であり、この2つの世代の間の『ほんのわずかな隙間』からでも大量の病人を生み出してしまうからだ」

 さらに、セイジは集団感染を目指して多くの感染者を生み出してしまえば、英国の医療制度には耐えられない負担を課することになり、コロナによる大量の死者と、すべての世代の非コロナ感染者への巨大な打撃を与えてしまうだろうと述べて、こうしたプランを振り回す政治家を激しく非難した。

 この「集団免疫」の理論に使われている考え方は、すべてが間違っているわけではない。簡単な構図でいえば、感染力のあるウイルスの場合なら、比較的短い時間で多くの人に感染して免疫を持たせ、それが壁のようになってウイルスのさらなる感染をストップする。しかも、感染力のあるウイルスというのは毒性がそれほどではなく、感染した人もそれほど重症にならないので、集団免疫による感染阻止という戦略が可能になるのだ。

 そのいっぽうで、毒性の強いウイルスの場合はどうなるかといえば、感染した人を殺してしまうことが多く、そのため感染力が弱い。そこで、一定期間、ロックダウンして対処すれば、封じ込めてしまうことが可能だ。この場合、ロックダウンが最上の戦略となる。問題なのは感染力がほどほどで、毒性もほどほどのウイルスの場合なのである。

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この両方の特性がほどほどと思われる新型コロナウイルスについて、短いながらもちゃんと理屈をつけて説明してくれているのが英経済誌ジ・エコノミスト10月21日号で、同誌は前述の「グレート・バリントン宣言」と、それに反対して出された「ジョン・スノウ覚書」の論点を、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼという節をもうけて詳しく論じている。

 ここでは、それを全部紹介するのは不可能なので(というか、ちょっとしんどいので)、付帯されている図版(下図)だけを引用させていただいて、説明してしまうことにする。これも簡単にいえば、「宣言」のほうの集団免疫理論については可能性はあるものの、あまりにもリスクが高いことを説明し、また「覚書」については当面の死者は減らせても、長期的に見ると集団免疫戦略での死者よりも多くなる危険について触れている。

 結局、インフルエンザのように感染力の強いウイルスの場合には、免疫率が低くても集団免疫ができる可能性が高い。逆に、感染力が弱く毒性のつよいウイルスの場合には国民総接種のような手段に出ても、必要な集団免疫の割合が高く、なかなか集団免疫の壁が形成されないのだ(もちろん、感染力と毒性に完全な反比例の関係があるわけではない。これがまた、話をややこしくしているわけである)。

 

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そこで問題は、新型コロナウイルスの性格が、感染性と毒性との両方からみたとき、はたして集団免疫戦略を採用して有効な結果が得られるのかという点に落ち着く。結論を先回りしていえば、いまのところ新型コロナウイルスの性格は完全に分かっているわけではないが、50%から75%の免疫率を得るには、コロナは毒性もそこそこ強く多くの死者を出すリスクがあるので、やはり、危険だというのである。

 ただし、ジ・エコノミストは、この2つの「宣言」と「覚書」の両方が成立する可能性も指摘している。「いくつかのコロナワクチンが完成すれば、新型コロナウイルスが多少とも毒性を低下させ、また、ワクチンによる集団免疫の形成も可能になれば、この2つの主張は事実上、おなじこととなるだろう」。ジ・エコノミストにしては切れ味が悪いが、まあ、そうなのだろう。

 少しだけ付け加えておくと、まさに、なるだけ多くの健康な人に感染してもらって、医療崩壊を回避し、その結果として集団免疫を形成しようとしていたスウェーデンが、第2波の襲来のなかで、それまでの戦略を変えつつあるようだ(新型コロナの第3波に備える(6)スウェーデンのロックダウン説を追う)。実際には地方自治体に緊急事態の判断権限を委譲する「ローカル・ロックダウン」らしいが、いまごろ、以前のスウェーデン方式に切り替えようとしている米英の政治家たちは、まさに1周遅れのトップランナーといった感じがする。

 おそらく、こうした動向を嗅ぎ取って、日本でもまた集団免疫路線を言い出す論者が多くなることだろう。もう2周遅れなのにそうするだろう。しかも、いまや菅政権はしだいにその新自由主義的な色彩を強めつつある。新自由主義の特徴のひとつは、利益に対する近視眼である。この特徴が大いに発揮されて、日本を悲惨な迷路に引きずり込むのだけはやめてもらいたいものだ。

 

【付記】

日本の免疫学者による「集団免疫」の誤解に対する警鐘は次の文章をお読みください。

 

宮坂昌之 大阪大学免疫学フロンティア研究センタ招へい教授

「えっ! 集団免疫では新型コロナ封じ込めが難しいって本当?」

 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76887

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76887?page=2

 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76887?page=3