HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

いまこそ根拠と論理で語りたい;宮坂昌之著『新型コロナ 7つの謎』を読む

新型コロナウイルスの感染が広がって、パンデミックとなってからも、マスコミによって報道される情報がどこまで正しいのか、どこまで根拠のある話なのかを判断しようとすると、基本的な知識がないことに気がつかざるを得なかった。それは当然のことで、実際にはかなり専門的なテーマなのである。

f:id:HatsugenToday:20201121152540j:plain

わたしなども、あれこれ断片的な知識をつなぎ合わせて、外国での報道なども交えながら、だいたいのイメージを作り上げてきたのだが、それは所詮、素人知識、素人考えにすぎない。しかし、プロが自らの責任において、素人向けに書いたものを読みたいと思っても、専門家を名乗りながら、ほとんどトンデモ本というべき本が多く混じっているというのが実情だった。

 ここで取り上げる宮坂昌之氏の『新型コロナ 七つの謎 最新免疫学からわかった病原体の正体』(講談社)は、まだ1度しか読んでいないが、これからのコロナ議論において、素人が多少ともコロナについて考えるさいに、安心して参考にできる本であるような気がする。何よりケレン味がないことがいいし、この種の一般向け本の「限界」を自覚している点も好ましい。

もちろん、ちょっとは努力が必要だが、「最新」と謳うだけあってネット上に大量に出回る論文の中から、プロの目と見識で選別して、そこから自分の見解をはっきりと書いている。本来、本は2回以上読むべしというのは、ショーペンハウアー先生が主張してやまなかった鉄則だが、ともかく、この本については早く書いてみたくなり、この「座右の銘」をあえて無視して簡単に特色を紹介しておきたい。

新型コロナについて現時点での研究のなかで、まず、妥当だということを、図解つきで素人を意識して(しかも、同じ図版を再掲するという親切さを発揮して)わかりやすく語っているのが、ひとつの大きな特色といえる。それと並んで、肩書を見る限り専門家のように見える人たちが唱えている、かなり危うい説に対しても、しっかりと反論していることが、もうひとつの、そしておそらく最大の特色といってよい。

たとえば、いまや「集団免疫」というのが世界の目指すべき目標であるかのように思いこんでいる(思いこまされた)人は多いが、この集団免疫に対する誤解を明快に述べているのは大いに注目されてよい。もともとの集団免疫の正しい把握からすれば、正しい解釈は「集団のX割が免疫をもっていないと感染が拡大していく」であったのに、「免疫をもたないとX割が感染する」と誤って解釈されてしまったという指摘などは、本格派のプロが言ってくれないと、素人がおかしいと思っていてもなかなか確信がもてない。

この点について、宮坂氏は英国のコロナ対策を誤らせたニール・ファーガソンスウェーデンのアンデシュ・テグネルを、正面から批判している。当然とはいうものの、これまでのコロナ本には稀有な点である。さらに、西浦博氏の42万人死亡予測が出てきたのも、(それが警告のためであったとしても)同じく集団免疫の誤った解釈が元になっていたからだとするあたりは、じっくり読んでみたい部分である。

もちろん、すでに日本人には免疫があると主張してやまない上久保靖氏の説に対しても、真正面から根拠をあげて批判している箇所は、なかなか爽やかというべきだろう。どうしても、上久保説ほどの異説になると、揶揄が先行してしまいがちだが、ちゃんと主張を正確に把握して、ひとつひとつ批判しているのは驚いてしまうほどだ。さらに、新型コロナの予防にはワクチンなどの獲得免疫よりも、人間に備わっている自然免疫が重要で、日本人の感染・死亡が少ないのも自然免疫が強いからという高橋泰氏の微妙な説にたいしても、根拠をいくつも挙げて論理の欠陥を指摘しながら批判している。

こうした批判の鋭さとは矛盾するかのように、ファクターXについて論じた章では、かなり微妙であいまいな表現をとっていることも、読めば理由がわかる。宮坂氏はファクターXがあるという立場だが、それが精密な検証をへてのうえでなければ明言しないという立場を貫いている。たとえば、かなり詳しく検討しているBCG説には、多くの海外の論文をあげているので、かなり惹かれていた様子だが、「可能性は十分にあり」としつつも最終的には結論を控えている。

こうした内容の本はどうしても専門家としての立場とポピュラライザーとしての立場との間で葛藤せざるをえない。本書は、ややっこしくなりそうなところに差し掛かると、ひとことでいえばこういうことだというフレーズを入れて、飛ばして読んでも構わないと言ってくれているのは、素人読者としては実にありがたい。とはいうものの、サイトカインストームなどの「免疫の暴走」についての章では、著者が覚悟をきめてあえて細かいことを盛り込んでいるので、わたくしは正直いって頭の中がいっぱいになって破裂しそうだった。

実は、わたくしは子供のころは理科少年で、高校のころには生物でDNAやRNAの試験では偶然にいい点をとったこともあり、成人してからもジャック・モノーの『偶然と必然』とか多田富雄の本なども面白く読んだ人間である。もちろん、寄る年波には勝てず、かつて読んだことについて随分と忘れてしまったが(古い説なら忘れたほうがいいかもしれないが)、まったく知らない人に比べれば、とっつきがいいほうだろう。

そんな人間にとっても、たとえば、免疫の暴走のところはなかなか入って行きにくかった。2回目はここから読み始めようと思っているが、こうした部分を含めて、この本はいま読んでおきたい1冊であることは間違いない。何よりもこの本は「根拠」と「論理」をなるだけしっかりと語りつつも、素人をちゃんと意識しているだけでなく、社会的影響についても配慮のある点において、文字通り「有難い」本といえるのである。

おそらく、著者はこのコンパクトな本にするさいに、何倍何十倍もの詳細な知識を割愛せざるを得なかったと推測する。コロナ禍が広がってからというもの、「コロナは風邪並み」「インフルエンザよりも軽い」などといっていた連中はともかく、単なる耳学問レベルで自分の都合のよいところだけをいただいて、それを自分の思想とやらに無理やり接続して、えらそうなことを言っていた人間が何人もいた。この本が提示しているコロナの知識や留保事項くらいは、それなりに理解してからにして欲しかったと、つくづく思う。

 

◎「集団免疫」については宮坂氏の次の記事を参考にされたい

宮坂昌之 大阪大学免疫学フロンティア研究センタ招へい教授

「えっ! 集団免疫では新型コロナ封じ込めが難しいって本当?」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76887

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76887?page=2

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76887?page=3

 この記事は本書の概説といえる。本を手にする前に、まずこちらから読んでみるのもいいかもしれません。