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東谷暁による「事件」に対する解釈論

株価下落の「恐怖の岬」は来ない?;ワクチンで楽観が広がる米国が危ない

新型コロナのワクチンが超スピードで接種が行われることになり、大統領選挙の結果も落ち着くところに落ち着いた。そこでアメリカの株式は、まるで脱皮した怪獣のように、さらに急成長する兆候を見せている。経済ジャーナリズムのなかにも、手放しでこうした機運を歓迎する言説が見られるようになった。

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しかも、それが常にシニックな論調を忘れないはずの、英経済誌ジ・エコノミストだとなると、少しばかり心配になる。同誌11月4日号に掲載されている「デイリーチャート」の解説文「高株価でも必ずしも崩壊が近いことを意味しない」は、短いものだが、おそらく株式市場に漂う、いまの楽観的雰囲気を代表しているかもしれない。

 同記事は「めまいがするほどの株価高でもつねに崩壊が迫っているわけではない」と述べて、コロナ禍がまだ続いていて、米中経済戦争のゆくえも分からないにもかかわらず、その株高を正当化する理由をあれこれ並べている。こういう傾向は、これまでも何度もあったことで、株高の理由を述べる関係者が多くなってきたら要注意である。

 では、その株高の理由とは何だろうか。まず、経済が「資本家に好意的で、労働者に冷たくなった」からだという。「労働組合の退潮は、中国の世界市場での拡大もあって、労働者たちの力を著しく弱めている。この15年の間に、企業の利益率は米GDPの10%を超えるようになっており、それは1960年から2000年までのレベルよりずっと高い」。しかし、労働者の収入が減れば消費が低迷して、現在そうであるように、経済的にはマイナス効果になるのではないかと思うが、そうは考えないらしい。

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また、こうした資本の優位はハイテク企業の急伸とも関係しているという。「資本が優位であることは巨大な技術先導型の企業の成長とも関係しており、ハイテク企業はコアとなる市場においてほとんど独占的なパワーをもつので、企業が高い利益をあげることを許しているのである」。これも不思議なことだが、独占禁止法という法律があるのも、何のためか今や分からなくなってしまっているのではないか。

それに加えて、金利の低さがこの現実を支えているという。「現金の収益力や国債の利回りは歴史的に低レベルにあり、それが投資家たちの資金をこうした低金利資産から引き揚げさせ、株式市場へと送り出しているわけだ。中央銀行金利をあげようとする兆候を見せないから、株式にかなう相手はいないのである」。逆にいえば、製造業や銀行などは苦しいわけだから、全体で見た場合に必ずしも高株価を正当化しないだろう。

 同記事が掲げているエール大学教授ロバート・シラーの株式指標CAPEのグラフは、1881年から現在までのCAPE値をトレースしているが、このグラフには「ケープ・フィアー」というタイトルがついている。もちろん、これはリメイク版の映画『ケープ・フィアー』(オリジナルはグレゴリー・ペック主演の『恐怖の岬』)のもじりで、ここらへんは同誌らしい洒落だといえないこともないが、ちょっと軽さが目立ちすぎている気がする。

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このグラフについてのジ・エコノミストの説明だが、わざわざ推計までして1881年からのCAPE値をなぞっているのに、どうやら同記事が言いたいのは、このグラフで見ると最近はその値が極端に下落したことはないということらしい。「CAPE値はこの30年間の平均値でみるかぎり、2008年の金融危機以降はこの平均値を下回ったことがないのである」。これなど、都合のいいところだけをつまむ気ならば、なぜ、1881年までの数値が必要なのか分からない。

最近、急落がないのは確かに結構なことかもしれないが、問題はこれからそういう低い数値が、本当にやって来るのではないのかということである。組合が弱くなり、テクノロジーが強くなり、株式が有利になり、債券がずっと不利になったというのは、そのとおりだろう。しかし、そういう経済というのは、いったいどういう傾向を持つのか、そしてまた、いまのコロナ禍が消えていくとき、どんなことが起こるのか。多くの人は、本当は、そういう肝心なことを知りたいのである。

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世界の株式市場はリバウンドのオーバーシュート:The Economistより

 「とんでもない悪いニュースがあるかもしれない。ただし、それは高いインフレーションが復活し、政府が企業タタキを始めたらのことである。そうなったら、株価のCAPE値は20世紀に戻ることになるだろうが」。そんなことは起こらないから、いま、株価が高くてもそんなに心配しないで、いまの投資利益を謳歌しようということらしい。しかし、そんなことが起こらなくても、これまでの見通しが幻想だったと、大勢が正気に戻っただけで暴落は起こる。

米株価がコロナ禍以前も以後も上昇した大きな理由は、根拠がなくても平気でフェイクを連発するトランプ大統領がいたためでもある。それが「トランポノミクス」の本質だった。その肝心のプロパガンダの魔物が政権から転げ落ちた後も、同じ条件でこれからを見通すわけにはいかない。『恐怖の岬』が『ケープ・フィアー』としてリメイクされたように、株式の悲惨なクラッシュはこれから何度でもリメイクされると思われる。