HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ、台湾、そして日本(3)ロシアと欧米の駆け引き「プーチンが正直とは誰も期待していない」

マクロン大統領がロシアに出かけて、ウクライナについて露プーチン大統領と会談を行った。会談のあとプーチンは「妥協点を見出すためなら、あらゆることを行う」と述べたが、同時に西側諸国に対して、ウクライナNATOに加えようとしていることを激しく批判した(ウォールストリート紙2月7日付)。いっぽう、米バイデン大統領は独シュルツ首相と会談したさい、「ロシアがウクライナに侵攻すれば、何十億ユーロのガス・パイプラインを止める」と警告している。

f:id:HatsugenToday:20220208154131p:plain


英紙ザ・タイムズ2月8日付は論評で「ドイツNATOのなかで最弱の環であり、ロシアとの経済的つながりとエネルギー政策を考えれば、シュルツ首相はいやいやながらバイデンに同意している」と指摘している。ほぼ同時に、アメリカの高官は何時ロシア軍が侵攻を開始してもおかしくないと発言していて、いつ戦端がひらかれるか分からない雰囲気だが、世界中の首脳たちは自らの存在感をかけて、さまざまな思惑で駆け引きを行なっていることが見て取れる。

そのなかで興味深いのは、英経済誌ジ・エコノミストが、現在のモスクワの雰囲気を伝える記事を掲載していることで、この記事によれば「エリートで開戦に及ぶと思っている者はほとんどいない」というのである。同記事の冒頭に登場するのが、クリミア併合のさいにウクライナに対する作戦の司令官を務めたイゴール・ギルキンで、彼がいうには「時期は過ぎてしまった」。つまり、ウクライナを完全に制圧する軍事的チャンスは、実は、なくなっていると示唆しているのだ。

f:id:HatsugenToday:20220208154236j:plain

wsj.com より:シュルツ首相とバイデン大統領


ウクライナはすでに現代的な兵器で武装しており、地上戦を展開すれば膨大で継続的な試みとなってしまう。しかもギルキンは、「ロシア軍は十分な軍隊を動員していない、あるいは動員されていない。プーチンがやろうとしていることの上限は、せいぜい軍事的な威嚇であって、(侵攻したとしても)ウクライナ東部のドンバス地方あたりで引き揚げることになるだろう」と証言している。同誌は、同じようにウクライナ侵攻をシリアスに考えていない人は、モスクワでは少なくないと述べている。

たとえば、ラジオ・トークショウの女性司会者は、いらだちながら「ゲストに呼んでもみんな同じことをいうのよ。これはプーチンの駆け引きであって、戦争ではないだろうって」と語っている。プーチンに最も近い軍事顧問であるグレブ・パブロフスキーですら、「クレムリンの中でも、威嚇で得るもののほうが、戦争そのもので得られるものよりずっと多い。これはアメリカの軍事戦略家トーマス・シェリングの考え方だけどね」。ただし、パブロスキーは「危険なのはこうしたレッドライン上にあるとき、クレムリンの連中がコントロールを維持できなくなることだ」とも付け加えている。

f:id:HatsugenToday:20220208154435p:plain

The Timesより:この遠い距離が示唆するもの


ロシアの独立系シンクタンク「レヴァダ・センター」のアレクセイ・レヴィンソンは、「いったんプーチンが決断すれば、クレムリンの高官たちは戦争支持へと傾くだろう」と見ている。「クレムリンの核となっている年齢層の高い官僚たちは、(プーチンと同じく)NATOへの反感が強い。それがプーチン体制の特徴ともいえるだろう」。さらに、レヴィンソンは特に注意を促している。「プーチンの支持者が、決して彼に求めていないことは、ほかでもない、正直であるということなんだ」。